46 ベストエイト
「次の試合はどんな子なの?」
私に腕を組みながら指まで絡めてくる卑しい子ッ! ことかわいいナズナがそう聞いてきたので、私は知っていることを話した。
「妻鹿モリコ。初戦では相手を秒殺だったらしい」
「ひぇー! めちゃくちゃ強そう」
小学生並みの感想だが、実際私もそう思う。
「だけどありゃどっちかってーと、武器ありきみたいなとこあったからなー」
「武器ありき?」
隣の姫野がドクペを飲みながらそう言った。そんなこと言ったら、不刃流を除いたらみんな武器ありきじゃないの?
「いや。キュクロプスの妻鹿って言ったら魔剣改造の名手なんだよ。オレ、実家が愛知で、本家は京都なんだけどさ、京都の刀匠界じゃ、妻鹿の姓はちょっとしたステータスだぜ」
「名匠の家の子なの?」
「そう。だけど妻鹿モリコは異端児だ」
やけに神妙な顔をしている。姫野が神妙な顔をしている時は、大して神妙ではないと相場が決まっている。
「妻鹿の家系は完成された一品を作ることに人生をかけてる。だが、そんな両親、親族に反旗を翻したのはモリコという女!」
なんか始まった。
「妻鹿モリコは駄作しか作れない! だがな、その駄作に改造、改造、改造ッ! を施して魔改造された魔剣は超一級品になるという──……」
楽しそうだな。
「言わば刀匠界のマァァァッドサイエンティスツッ! そして、一年生にしてあの有名魔剣工房、ノーザンファーム社からもオファーが!!! すごいぞ妻鹿! すごい!」
「何? 好きなの? 片思いなの?」
「人の恋を勝手に片思いにするな」
「へぇ、じゃあ好きなんだ」
「ああ……。今のうちに媚び売っとけば、あいつがノーザンファームに就職してから魔剣を割引してもらえるかもしれないだろ……」
「人間のクズめ」
そういえばこいつのパトリオット2000ってノーザンファーム社製だったなぁ。
しかし、姫野はくだらないことは言うが嘘はつかない。あんまり。多分。恐らく。
だから多少盛っているにしても、彼の言う妻鹿モリコの実力はある程度正しいのだろう。
魔剣を魔改造する……か。考えたこともなかったな。
「創造視紋生の中でもトップクラスの調律師だぜ。初戦の秒殺ってのも、クソやばい魔剣でのことだった」
「具体的には?」
「えー、オレ妻鹿モリコ応援するから、あんまり情報はさ〜」
「ナズナがお風呂で歌ってる鼻歌録音してあげるから」
「よし乗った」
「あたしの人権はっ!?!?」
「──まず、その魔剣はバカでかい。折紙の身長よりでかい」
「デカすぎるだろ」
「だからそれ持ってる時ふらっふらしてた。だけどサイレンが鳴った瞬間に、妻鹿がそれを振り下ろしたんだ。んで、目と鼓膜が吹き飛ぶくらいの爆音と閃光があって、相手の尾瀬は吹っ飛んでた」
「爆撃系の魔剣技?」
だから言ったろ技じゃねぇんだ。姫野がそう訂正してもう一度言う。
「ひとつの魔剣にいくつもの魔剣が組み込まれてて、それがかけ合わさることで威力が指数関数的に跳ね上がる。魔剣は一本だけなんてルールは無い。だから、腕のいい調律師ならそこを独擅場にしうる」
「あーっ! 例えば爆発する魔剣と、威力を増大する魔剣を一本にすれば、それが一度に発動するって訳だっ!」
「綾織なのに賢いな」
「ナズナなのにわかりやすい」
「あたしの尊厳はっ!?!?」
そんな冗談はさておいて、ともかく、敵の非常に厄介な点は理解出来た。
でも、厄介なら厄介で、やりがいがあるというものでしょう。
向こうは多分、「魔剣」というものに精通している。
私が考えるのが得意とは言え、頭で戦うのは恐らく不利。
だったら力で戦うか? 今の話を聞けば、魔剣が振り下ろされたら終わる。その時点でゲームオーバーだ。
一撃必殺には一撃必殺? もしくは迎撃──。
そう私がまたいつものように思考の沼に落ちそうになった時、隣でナズナがそっと手を握ってくれた。温かくて、心地いい。
「緊張するよね。でも大丈夫。信じて」
「うん。ナズナの事はいつでも信じてるよ」
彼女はふるふると頭を振る。
「あなた自身を、だよ」
──私自身。
「あと二回勝てば決勝戦。シオン、考えたことある? 不倒門に阻まれて泣いてたあの子が、魔剣師の卵たちの上位八人の中にいるんだよ」
「……そっか。私──」
忘れていた。あまりに目まぐるしくて、何もかもが変わっていったせいで、今自分がどこにいるのかを、忘れていた。
親にダメと言われても毎日剣を振り続けた。魔剣師名鑑は表紙が破けてしまうまで読んだ。その時の憧れの気持ちを。
ああ、私は今その場所に行こうとしているんだ。
「しゃっきりしてっ! 後夜祭やるんでしょっ」
「うん、やる。バーベキューとかも、やっちゃう」
そのために、この場所を踏みしめて。
正しく──前を向く。
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