45 楔と雷管
■SIDE:乙女カルラ
「無茶するな……、まったく──」
剥がされることがなかった爪を見つめ、深く深くため息をつく。
八神ライザという人間がどういう人間なのかは、僕なりに知っているつもりだ。
どれだけ狂気的でも、僕はそれを受け入れてしまう。どうしようもなく。
──長い話になる。
彼女は小さな時から血統と家訓に縛られ、国の為に全てを捧げることを決定付けられていた。
その一挙手一投足は家によって決められ、そこに彼女の意思は介在しない。
日本の古い家の因習だと僕は思う。だが、全ては来訪者──悪魔から市民を守るためだ。
八神家は、祓魔四名家に入ることが出来なかった落伍者とされている。
現在ではその四家の中立者として調停を担う家でもあり、乙女、降神、東雲、藤原のバランサーとして働いている。
その八神家の娘がなぜ剣聖候補の筆頭にいるのか。
それは、それが最も争いが起きないからである。八神ライザは聡明な子であったので、それを幼い頃から理解していた。
だが、腹にいちもつ持っていたということには、誰も気がついていなかった。
──御前会議。京都の秘密寺で行われる四家の代表者会合。そこで彼女が放った言葉は今も忘れられない。
『八神の末子。君のすべきことはなんだろうな』
『次代にこの平和な世を継ぐことでございます。そしてそのための調整を』
『さよう。まあ、私には今が平和とは、とても見えんがな』
『ええ、わたくしもでございます』
『ほう。ならば、君ならどうする』
『平和をお望みならば、あなたがたを根絶やしにしてさしあげましょう』
『小娘』
『──さすれば、政治も荒事もない、平和な世の中になりましょう……』
以来、御前会議に八神ライザが呼ばれることはなくなり、彼女は腫れ物として扱われ、最後には駒になった。
八神ライザは御前会議の意向に逆らうことなく仕事をした。そしてある時、傀儡剣聖を擁立する案の当人に選ばれた。
彼女はいわば政治的爆薬を鎮めるための楔として機能するはずだった。だが僕からすれば彼女は楔なんかではなく雷管だ。
魔刃学園へやることを御前会議の老人たちは島流しとでも思っているのだろうが、真逆だと思う。
八神ライザは魔刃学園を自分が好きに遊んでいい庭だと思っているから。
これまで抑圧されてきた人間が自由になった時、どうなるかは言うまでもない。
彼女こそが爆薬で、魔刃学園こそが雷管だったのだ。
***
無茶をするが、彼女が四家に対して相応の感情を持つのは理解出来る。出来れば拷問まがいの事はやめて欲しいが。
八神ライザはテミスの出現時から、御前会議の魔刃学園への介入を疑っていた。警戒を強めた結果、僕に事情を聞くことになったわけだが、結論から言えば魔刃学園は御前会議の介入を受けたりなどしない。
それを知っているのは、僕もライザさんと同じく御前会議の傀儡だからだ。
乙女家は四家の中でも発言権が弱い。
純情女王と唯一つながりを持つからこそ棍棒外交的にその位置にいるが、そんなもの、砂上の楼閣だ。
ならば僕がすべきことは何か。媚びへつらうことだ。或いは──。
僕自身が、剣聖になるしかない。
……これまでは御前会議に従って、間諜のようなことをしてきた。
僕は八神ライザに同情してしまったのだ。だから彼女が学園ではのびのびできるように──その調停役を代わりに担っていた。
だがある日、大胆にも剣聖を目指すと言う、僕らからすれば一般人の少女と出会った。何度叩いても跳ね返ってくるバネみたいな奴だ。
彼女は何の因果かその身体に十三獣王の一柱を宿しているが、その覚醒がある前から、彼女はそんな馬鹿げたことを言っていた。
──それが、面白かった。ちょっとむかついたけど、腹の底から笑ってしまった。本気で殺しにいっても、彼女の目は先を見ていたんだ。
老人や権力者がしかめ面で剣聖の権力闘争をすることなどつゆ知らず、その子はただ人を守りたいからその頂点を目指すと言ったのだ。
八神ライザとは別のベクトルで狂っていると思った。
でも、本当にそれが、面白かったんだ。
だから、自分のやっていることが、馬鹿馬鹿しくなった。──だからといって仕事を放棄する訳では無いが、誰かを殺すことで問題が解決するとはもう思っていない。
それに、僕だって純粋に剣聖に憧れた時があったはずだ。
それを、思い出してしまった。
もしこのトーナメント──定期考査で優勝すれば、何でもひとつ願いが叶う。
そうしたら僕も、自分の足の甲に深々と突き立てられたしがらみという名の楔を抜くことだって出来るかもしれない。
夢を見てもいいのかもしれない。
僕はそんな事を考えながら、急いで控え室に向かった。
両足に収まっている双剣、胡蝶ノ夢の重さを感じながら、向かう。
Bブロック二組、初戦の相手はどういう運命か、藤原家の人間だ。リヴァイアサンの天才で、一年生春学期にして、生徒会にも所属している。
「──だけど、魔刃学園に権力闘争は関係ない」
僕はこの試合を勝って、準決勝まで勝ち上がるであろう浅倉シオンと戦いたい。
彼女が僕の雷管だ。
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