44 鳥かごの少女
第二校舎の保健室は広かったが、あまり人はいなかった。そもそも今行われているのは一年生の試験だけだからそれもそうかとひとり思う。
燐燈カザネ──目の前で傷だらけのギャルがすやすや眠っているので目のやり場に困るのだ。
ナズナが明るい系陽キャだとすれば、この子はギャルである。何を言っているのかわからないと思うが、自分でも何を言っているのかよくわからない。
私はこの子とすこし話がしてみたくて、保健室までついてきた。
あの試合で、彼女は魔剣技によって魔力のベクトルを操作していた。
魔力というのは光子とは違い重力の影響を受ける。つまり、質量があるのだ。私が彼女の魔剣技を受けたときに身体が粟立つように感じたのはそのせいだ。
そして、魔力は血管を通る。それが最も体循環の効率がいいからだ。私は前述のとおり不刃流の練習のために魔力を身体に流していた。
燐燈カザネはその魔力の流れる方向を反転させた。
だから私はいつも通りのコンディションを発揮することができなかった。血液の逆流とまでは言わないが、例えば胃酸の逆流があれば気持ちが悪くなり、身体は危険信号を発する。考え方はそれと同じで、私の身体は文字通り狂ってしまった。
だが、私が不思議だったのは、操作を行ったのはあの握手の瞬間ではなく、先制攻撃で突撃した瞬間だということだった。彼女の能力があればあの握手で試合前に私を気絶させることだってできたかもしれない。
でも彼女はそうせず、握手の時はただ一瞬私の魔力の流れを止めただけだった。
あれは何だったんだろう。
──PACHI。
まつげの長い彼女がまぶたをゆっくりと持ち上げると、ひゅっとこちらに目を向けて「はわわわ」とわかりやすく驚き始めた。
「おはよう!?」
「あ、おはよう……」
元気な人だなぁ……。
「なんでいんの!? ここどこ!? 試合は──」
そこまで言って、彼女はここが保健室であることに気が付いた。
「そっか~……。まけちったか~……」
少し寂しそうに笑う燐燈さん。あんまり居ない方がよかったかな……。
けれど、彼女は重そうに手を挙げて、私の手をわしっと握った。
「あのさっ、最後、真っ直ぐぶつかってくれて、マジありがとね」
その言葉は、どういう背景から出た言葉なのかはわからなかった。でも、彼女がもう左手で握手する態度でないのを見て、ほっとした。
「燐燈さんはなんでそんなに真剣な試合にこだわったの?」
初対面で戦って、それからすぐにするような質問でもないけれど、私は気になったから聞いてみた。
「もうアタシの能力、気付いてるっしょ?」
「魔力のベクトル操作……?」
「あたりっ。不良品の市場は空間にある魔力に自分の魔力をぶつけられるんだ。だからベクトル操作は副産物的なアレだけどね」
彼女は「よいしょっ」と言って布団を引っぺがしてベッドの上であぐらをかいた。
「で、この能力さ、強いと思う?」
──強い。第一勘ではそう思った。だけど、すぐに違う気がした。違う。必勝のカードは、ゲームが違えば必敗のカードになる。
「戦う相手によって、変わると思う」
彼女は「そ」と言って、私に向け指ハートをして見せた。うわ、正解の合図それなの可愛すぎやしませんかねぇ。
「魔力が全てを司る今の環境じゃ、わりかしトップメタの能力だよねこれ。来訪者だって魔力で動くんだからバンバン倒せちゃう」
「そっか、その全部が中距離戦なら、ってことだよね」
彼女はこくこくと頷いた。
「アタシ、この力をイペタム……あ、魔剣ね。イペタムから授かったから、自分自身の力がちゃんと使えてない。このスタイル続けたら、いつかどこかの場面で限界が来る」
「中距離戦では絶対に負けないけど、それ以外の近接とかだと分が悪いんだね」
「だからホントはちゃんと剣技も鍛えたい。搦め手だけじゃ、どうしようもないから。──でも、なまじ強い力があるから、頼ってしまうんだ。──……アタシはどうしようもなく、心が弱い」
世間はそれを贅沢と言うだろう。でも私は考える前に、彼女の何よりも真剣な顔を見つめた。ぎっと歯噛みして、今にも泣きそうで、尋常でないほど悔しそうだった。
彼女は不良品の市場での圧勝ではなく、正々堂々の勝負を望んだんだ。
だから私に自分の能力を握手で教えてくれていた。
彼女は能力を使えば、あの距離でも一撃で私を沈める事だってできただろうに。
それでも勝ちではなく、過程にこだわった。
それは、とても気高くて、美しいことだと私は思う。
糾弾なんてできるわけない。彼女はもうとっくに、自分自身に問うているんだから。
──なら、私は問えるか?
ちゃんと気が付いて、全てがつながったとき、私は彼女の頬にそっと手を添えていた。
「はにゃっ!?」
「燐燈さん。最後まで、あくまで剣で戦おうとしてくれてありがとう。その想いを、教えてくれてありがとう。おかげで、私は自分の力との向き合い方が分かった気がする」
力は強いとか弱いではない。それとどう向き合い、どう使うか──それが最も肝要で、それだけが重要なんだ。
千里行黒龍はなおも私の身体で息づいている。その深淵のような瞳から目を逸らさずに、見つめることができたなら。
「へへっ。そかな、アタシ戦えてた?」
「もちろん。あのイペタムを魔力で加速したの、もしかして即興?」
「あっわかる? そそ。シオンたゃの技見て思いついた! パクろって」
「あれ、よかった。連撃、超痛かったもん」
「ゴメス。……でも、そっか。戦えてたか~!」
ニコニコしててかわいい。もうその瞳は曇ってもいないし冷たくもない。けれど強く、そして研ぎ澄まされている。彼女を見ていれば、燐燈カザネがリヴァイアサン寮である理由が分かってくる。
「あとは痛みに耐性があると良いかも? あ……、もしよかったら、痛覚がバカになるほど殴られる部活紹介するけど」
「どんな部活!?」
その後、彼女が左手を出したのは単に利き手だったからで深い意味はなかっただとか、その件で誤解させてごめんと泣きつかれたりとか、連絡先を交換したりとか、隣のベッドでカーテン越しに寝てたナズナがジトっとした目でしらーっとこっちを見ているとか色々あった。
そしてギャルと陽キャに挟まれた私は、他と仲良く養護教諭の治療を受けて、校舎に戻ることとなる。
少しだけ前をスキップするギャルは、なんとなく、縛られていた何かから解放されて、すっきりした様な顔をしていた。
鳥かごの扉は、もう開いている。
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