42 VS燐燈カザネ①
燐燈カザネはあの後私の部屋でひと通りストレッチを終えると、並んでフィールドへと向かった。
左手での握手は敵意の表れ──。
ただ、気になったのはそこじゃない。私が彼女と握手をした瞬間に、目眩がするほど力が抜けた。
私はここしばらくずっと不刃流の訓練のために魔力を少量ずつ血中に流していた──頬をつねることをトリガーにして──が、その魔力が一瞬で消えた。
不思議な感覚だった。彼女の手に触れた瞬間、ふっと魔力の粒子のようなものを感じて、皮膚が泡立つような感覚がして、気がつけば魔力は霧のように消えていた。
「なんだったんだろう──」
フィールドで向かい合う燐燈カザネはなおもニコニコと笑って試合開始のサイレンを待っていた。
でも、魔力が消えたのはあの瞬間だけで、今はもう使える。
私が負けると思ったのは、相手が魔力を相殺する魔剣技持ちだと思ったからだった。
だが、実際に魔力が消えたのはあの一瞬だけだった。ならば永続的な能力では無い。
だったらばまだ勝機はある。
そう思って黒くなった手をきゅっと握る。
サイレンが──鳴る。
***
動かない……?
燐燈カザネはサイレンが鳴っても依然ニコニコして頭の後ろで手を組んだままだった。
挑発?
思えば左手を出してきたのだって挑発以外の何物でもない。
だめだ……。だめだめ……。
そんな挑発には乗っちゃダメだ。
──私は忍耐強い子でしょ?
「おーい! こないの?」
でも、売られた喧嘩は買わないと。
そっちがどんな隠し球持ってるか知らないけど。それを暴くためにやってやる。
「──Gravity 水平方向1 to over 10 millionッ!!!」
──GRASH。
空気が裂ける音がして、身体からソニックブームが生じる。それを遅れて感じる程の速さで、私の魔剣は燐燈カザネの胸骨目掛けてぶち飛んだ。
この一閃はアレンの八式から着想を得た。速度を肉体が耐えうる限界まで引き上げる。至極単純な技だが、単純だからこそ多少精彩を欠いても問題ない。
一撃で終わらせれば、搦め手も関係な──。
──PIT。
「え?」
気がつけば身体が、止まっていた。
急停止による衝撃もなく、ただ、そこだけ時間が切り取られたかのように、止まった。
そして私はそのままどさりと地面に落ちる。
「やっぱ速いな〜! アタシ正直な人と真っ直ぐな人ちょー好き!!」
起き上がらないと。
あれ?
身体が動かな──。
「魔剣師ってさ〜、常日頃魔力使うじゃん? いつもあるものが無くなると、途端に脆弱になんだよね!」
なに、を──。
「人間って酸素がないと息できないでしょ? 魔剣師も、依存してるから魔力がないとろくに動けなくなるんだわ〜」
やっぱり、魔力を消すという方向性で間違いはなかった。
「んじゃ、始めよっぜ〜!」
そう言って、目を輝かせた燐燈カザネはイペタムを腰から引き抜いた。
***
■SIDE:牧野コウタ
「なあ、今どうなってんの?」
保健室から戻った姫野ユウリが隣で言った。フィールドには這いつくばってもがく浅倉さん。
「分からん。突っ込んだと思ったら、止まって墜ちた。うーん、対外に作用するタイプの魔剣技なんだろうなー」
「はえー。何回も折紙がぶっ飛ばしても折れなかった浅倉がへばってるって、相当やべーんじゃねぇの?」
確かにそうだ。浅倉さんは大抵のことでは折れない。さっき猪突猛進に突っ込んでいったのもあまり彼女らしくない。
普段の浅倉さんならもっと冷静に、おかしいくらいに考えるはずだ。
それが、試合が始まって見合いになると、自分から突撃していった。
「お、もがいてるな」
姫野が言うので見てみると、浅倉さんは必死に立とうとして、それでも膝立ちがやっとだった。
ようやっと立ち上がって魔剣を振るうが、かわされて例のイペタムで斬られる。
模擬魔剣で皮膚は斬れないとはいえ、酷い内出血が出る程度の打撃は生じる。
浅倉さんが攻撃をして、それを受け流した相手が倍の強さで浅倉さんを斬り、その度にダメージが蓄積されている。
「ジリ貧じゃねーか……。スズカと戦うどころか初戦で落ちるんじゃねーの?」
「それは無い」
「うおっ」
ふたりの間ににゅっと現れた折紙アレン。びっくりしました。
「それは願望込みの感想だろー?」
「それもあるが、相手側の魔剣技には欠点がある」
「欠点?」
「欠点どころか、それさえ理解すれば直ぐに致命傷になる」
「折紙で気がつけるんだから、浅倉さんなら即気づくだろ!」
バシッと頭をはたかれた。事実だろ!
「まあ、確かにそうだが、今あそこにいる時点でそれは無理だ」
「なんで?」
「あそこはもう、鳥かごの中だ」
「ちょっと面白そう」と思っていただけましたら……!
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