41 幕間の時
ナズナの試合は私の脳裏にピリピリと刺激を与えた。あの子があんなことできるなんて思ってなかった。
「形態移行──利己的な遺伝子か……」
「オレの技までコピーしてやがったな……」
「アレンがナズナを脅威だと思った理由が分かったよ」
姫野は頭を搔く。
「脅威っつーか下手したらトップ成績でもおかしくなかったんじゃね? 最後なんか薙刀に銃がついてそれをぶん回してたぞ。あと振りまわしながらアクロバットに蹴り入れてたし」
私は予選の時点で確実に彼女の練度を見誤っていた。
それは、練度というかもはや思いの強さだったけど。でも、それも間違いなく強さのひとつだ。
私では彼女の強さを引き出してあげられなかった。思えば、アレンはきっとそういうことが得意なんだ。私の入学試験の時だってそうだった。アレンはボケているように見えて、誰よりも明瞭に世界を見ている。
だったら、東雲さんもアレンに任せた方が──。
一瞬、そんな考えがよぎって、私は私をビンタする。
「いてっ」
「何お前、こわいよ。なにしてんの」
「ちょっと馬鹿な考えが浮かんじゃって」
「ああ、わかるぞ。綾織の試合、すごかったもんな」
「……やっぱ、わかっちゃうか」
「いいんだ。あんなに揺れてりゃあ、見ちまうよな」
そうじゃねーよボケナス。いや確かに見たけども。すごかったもん。
「──冗談はさておき、スズカはお前にご執心みたいだから、いっぱつ戦ってやってくれや」
「……なんで私なんだろうね」
「そりゃ見た目が雑魚なのに自分より強いからだろ」
「ひどい言い様だなぁ」
だけど、それは自覚していることだ。最近「姫野プロテイン」のおかげで筋肉が付いてきたとはいえそれでも私はひょろひょろだ。チビだし、影薄いし。それだけが全ての判断基準じゃないことは東雲さんだってわかっていると思う。
でも、やっぱり家系のことが脳裏を掠める。
「姫野も実家が悪魔祓いの家って知ってたの?」
「なんでんなことお前が知ってんだよ」
「色々あって」
「色々ありすぎだろ」
話して良いものかとしばし瞑目した姫野は、まあ知ってるならいいかと口を開く。
「ま、整合性って点から考えてもわかるわな。特異点が開いたのは半世紀前。その癖に代々侍従やってるってのがまずおかしい。姫野の家と東雲の家は平安中期からあるんだ」
「そんな昔から……。じゃあ陰陽道の系譜、的な?」
「いや、その頃にはもう西洋価値観の悪魔がいたからもっとエクソシズム的にやってたらしい。それだと異端の者だとか言われて体裁が悪いから日本の宗教とまぜこぜでやってたっつー話もあるけどな」
「そんなに歴史ある家の子だったんだね」
私が言うと、姫野は窓枠に軽くもたれて呟いた。
「でもさ、ぶっちゃけそれってどーなんとは思うけどな」
「?」
「あいつがお前に抱く感情ってさ──。や、なんでもねーわ。お前、第4回戦だろ? 準備行って来いよ」
姫野が何を言おうとしたのかはその時は未だわからなかった。だけど東雲さんと相対すれば何かわかるのかもしれない。
「じゃ、ちょっくら行ってくるよ」
「おう。保健室にちらっと顔出すけど、綾織に言っとく事、なんかあるか?」
私は少しだけ考えて、伝える。
「後夜祭やるから傷治しといてって言っておいて」
姫野はニッと笑って私の背中を叩く。
うん、行ってきます。
***
初戦の相手は燐燈カザネ。前評判では特に名前が挙がっていたわけでもないけど、リヴァイアサン寮という時点で充分に警戒しなければいけない。
リヴァイアサンは端的に表せば、天才と冷徹。才能に溢れ、エリート性を強く持ち、やや選民思想的ですらある。だが実力は四寮の中ではダントツ。
神楽リオンは今思えば努力家で面倒見のいい先輩だけど、初めはエリート気質で触れば怪我するほど鋭いと思っていた。つまり、距離感の遠い相手には徹底的に冷徹になることができる人たちだ。
それと、妖刀イペタムを使う者。どんな戦いなんだろう。
私が試合に備えて思索にふけっていると、ノックの音が数回する。
誰だろうと思ったけど、ひとまずどうぞと答える。バッと扉が開き、そこに入ってきたのは、目を爛々と輝かせた少女だった。
「やっぴー! シオンたゃ〜!」
「……」
たゃ……??? どういう発音……???
この子、すっごい目がきらきらしてる。なんか、純粋無垢というよりはキマッちゃってる感じ。
もっと端的にいえば、体育会系のオタクに優しいギャルって感じ。
「あの……どなたですか?」
「名前は燐燈カザネって言うの! シオンたゃ、アタシと勝負しよ!」
なんか別軸の奴が来ちゃった。住んでる座標が違うような。
「あ、いや、はい。試合しますから……というか、なんでここに?」
ここ私の控室なんだけど……。
「アタシの部屋は水道管の破裂らしいんだわ! ヤバwwいよね。で、こっちに移動になった!!」
すごい、こいつ今日び見ないステレオタイプのギャルだ!!
「ま、まあいいですけど」
なんかもっとクールないけ好かないやつが来ると思ってたけど、そんなことなかった。
こういう暑苦しいのはフェニックスか、変人という点ではラタトスクでもおかしくない。
本当にリヴァイアサンなのか?
……まあいいけど。どんな人柄とかは関係ない。相手がどんな剣を振るのかが重要だ。
「握手しよっ!!! アタシ、正々堂々戦いたいから!」
「え? あっはい」
彼女がまっすぐ伸ばしたその左手に、手を重ねる。
左手……?
触れた瞬間、私は悟った。
──嗚呼、駄目だ。
この試合、負ける。
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