38 トーナメント表
Another story:綾織ナズナ
■SIDE:綾織ナズナ
あたし、ずっと隣で見守ってきた。
「第一回戦はリヴァイアサン寮の燐燈カザネか」
「うん。イペタム使いだって」
「イペタムって何???」
ユウリ君がそう聞くと、魔剣師に詳しいシオンがすぐに答える。
「アイヌの伝説に伝えられてる妖刀だよ。一度抜いたら血を吸うまで収まらないんだって」
「なんだそれ、ダーインスレイヴみたいだな」
「言い伝えだけどね。でも、本人が持ってるのはホントの蝦夷拵なんだって」
「まじか。金持ちじゃねーか。リヴァイアサンのエリートはいけすかねーな」
ユウリ君がそんなふうに言っても、彼女はとても真面目だから、それと優しいから、それに同意はしない。
「お金持ちとか関係ないよ。今はやれることをやるだけ」
「マジレスすんなよ〜ちょっと言っただけだろ?」
ゲシっとユウリ君のスネを蹴るシオン。そんな愉快さを持つ彼女のことが、あたしは好きだ。
「ナズナの初戦は誰?」
「そーか、綾織も残ってたんだよな」
そう、あたしもちゃっかり本戦に残った。我ながらちゃっかりしてると思う。
だって、これはあたしの実力じゃない。シオンには自分を大切になんて言っておきながら、あたしはあたしに自信が無い。
自棄的な程に、あたしはあたしに、絶望している。
「まだ見ていなかったのか?」
隣に、音も立てずにその人は来た。
あたしの憧れの人が、憧れる人。
折紙アレン。
「んーん。あたしはもう見たよアレンくん」
「そうか、なら話も早い」
シオンが確認してないことに少しだけ寂しさを覚えた。でも、それがお門違いだということもあたしは理解している。シオンには、今はただ東雲さんのこと、そして自分のことを考えて欲しい。
あたしは、二の次になることには、慣れてるから。
「え、もしかしておめーら戦うの?」
「そー! あたしとアレンくんぶちのめしちゃうかんねー!」
「ナズナは元気だなぁ」
「保護者かお前は」
自分の笑い声が、こんなにも空虚に聞こえるのはなんでだろう。
人の聞く自分の声と、自分の聞く自分の声は違うってよく聞くけど、ほんとかな。
だったら、この空虚さが、誰にもバレていないといいな。
私はそう思って、舌の端を噛んだ。
***
第二校舎はその名の通り八角形になっており、直径は500mと巨大だ。
それも理由があり、第二校舎は戦闘用のフィールドを囲うように作られているのだ。
試合はその中心の八角形のフィールドで行われ、物理的に落ちるか、意識が落ちる、つまり気絶による戦闘不能によって決着となる。
生徒達は校舎から試合を見ることができ、逆に言えば、あたし達はその衆人環視のもとで戦う。
あたしは控え室でジャージに着替え、靴の紐をきつく結んでいた。靴が脱げたらいけないし、ちゃんと結んでいないと、この揺らいだ思考が、締まらないから。
その時、部屋の戸がノックもなしに開いた。
「邪魔するぞ」
「邪魔するなら帰って!?」
アレン君!? ノックはしようよ!
「なんだその目」
「ノックはしようよ!! ばか!」
そのまま言っちゃう。
「俺がノックをするとでも思うのか」
してよ!!!!
「デリカシーがないのは知ってたけど! 女の子の部屋だよ!?」
「控え室で漏水が発生したらしくてな。移動を余儀なくされた」
「別に良いけど……。ノックはしようね……」
「善処するかもしれない」
善処にかもしれないをつけないで!
「ほんと、気が抜けちゃった。あたしだけ緊張してばかみたい」
「緊張してるのか?」
「だって今から人から見られながら戦うんだよ?」
「それがどうした。他人の視線なんて試合になんの関係がある」
この人、心臓は鉄で出来てるし多分毛も生えてる。
「あたしは無理。見られてたら、比べてしまうから」
「何と?」
「あたしと、誰かを」
誰かなんてぼかしたって、自分を騙せるわけない。あたしはいつだって、あたしとシオンを重ねていた。
彼女に憧れたのは、あたしに無いものがあるから。
それを羨ましいと思うのも、違うということは知ってる。
シオンはなにか捨てて、それを手に入れたんだから。
あたしがみんなに戦いを見られたくないのは、真剣な戦いの中で、浅ましい嫉妬をしているあたしを見られたくないから。
でも、やっぱりアレン君にはそんなこと関係ないみたいだった。
「他人と自分を比べて、それが何につながる」
「あたしはあなたみたいには強くないんだよ……ごめん、わかんないよね」
彼も、靴紐を結んでいた。
それは、なんのためだろう。
その手つきで何となく、それがあたしと同じ理由な気がした。なんでだろ。
「俺はお前が買っているほど強くない」
「え?」
彼は持たない魔剣を持って、部屋を出ていった。
「開会式が始まるぞ」
あたしの試合が始まる。
そばにある薙刀を──握る。
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