36 あとしまつ
「こんなところに呼び出してどうした。告白でもされるのかとワクワクしてきた」
明後日には延期された本戦が始まる。今は夜で、私は乙女カルラを呼び出し雑談に付き合わせていた。
「カルラ、あなたほどジョークが似合わない人って居ないね……」
カルラは自販機でコーヒーとココアを買ってどちらがいいか示した。私は少し悩んで、あったかいココアよりも冷たいコーヒーを選ぶ。
今は少し頭をすっとさせたかった。
「ね、フェニックス寮ってどんなところなの?」
「いい所だよ。皆向上心が高いし、ラタトスクほどいかれてない」
私がスネを蹴るとカルラはいじわるっぽく笑った。
「そんなこと聞きに来たんじゃないだろ」
フェニックス寮の近くを少し散歩しながらふたりで歩く。
「東雲さんの様子はどう?」
「混乱している様子だったが、今は落ち着いている」
「本戦には?」
「本戦を中止したら第一校舎を叩き壊すって言ってるよ」
私は笑う。それが、東雲さんの不器用なジョークだと知っているから。
そんな軽口が言えるくらいには、もう自分を取り戻しているんだ。
「だがいいのか? 正義決壊天秤は君の中にいる千里行黒龍を殺そうとしている。バランスを保つために」
「いつかは戦う宿命なら、それが明日でいいよ。正々堂々やって勝ちたいから」
カルラは笑った。
「十三獣王を継ぐ者同士の戦いが何を意味するかわかるか?」
「?」
「底上げが同じなら、結局戦いは同じ土俵ってわけだ」
「そういうことか」
蛇使い座を抱える私と、天秤座の手を取った東雲スズカ。
武器が同じなら、あとは地力の勝負になる。
「だが、君が千里行黒龍の力を使いこなせるとも思わないがな……。でも訓練はやってたんだろ?」
「うん。今まででいちばんやった。私まだ、頑張れたみたい」
そうかとカルラは言った。
「──あのイーストパークの日、誘拐したりして悪かった」
「今更? もういいよ」
「僕もあのとき、どうするのが正解か分からなかったんだ」
「悪魔に詳しい一族なのに?」
「だからこそだ。異例なんだよ、何もかもが」
「……そっか」
「だが、もう既にパラダイムシフトは起きてしまった。この決戦が終われば、魔剣師や国家や宗教が秘匿してきた何かが瓦解し始める──そうなった時、僕はまた君と戦うかもしれない」
「それが仕事なんでしょ?」
「ああ。……本当は僕も、人を守るための仕事がしたかったんだけどな」
少し寂しそうに笑うカルラの肩にぽんと手を置いて、私は次の自販機まで軽く駆けた。コーヒー缶をゴミ箱に入れて、どれが欲しい? とカルラに問いかける。
「いいのか? 君が好きなのは、折紙アレンなんだろ?」
「はあっ!? ななな、なんのこと?」
「ぶっ。あはははははっ。本当だったのか」
「え、え?」
「まあいい。僕だって、人の青春にとやかく言うつもりは無い」
今日はもう寝るよと言って、片手を上げた乙女カルラはその場を去っていった。
「なによ……、もう」
***
まだ少し帰るには身体が火照っていた。べ、別にアレンのこと考えたからとかそういうんじゃないから……違うし……。
「夜にコーヒーを飲むと眠れなくなるよ!」
ぎゃっ!?
ちらっと隣を見るとそこには幼女がいた。幼女……? あれ、この幼女どこかで見た事あるような……。
「幼女学長……?」
隣の学長はこくり頷いてうん! と元気よく言った。元気な幼女だなぁ。
「色々大変なことになったね!」
「ええと、先生も」
「しょうがない! それが先生という仕事の役割なのさ!」
「……先生は不安になることは無いですか? これからどうなるのかとか」
ベンチに座り足をぶーらぶーらさせる幼女学長は、こちらを見て言う。
「子ども達が不安な時、頑張るのが大人の役目だよ。そして、君たちが責任を負う必要というのは、実は何一つない。わたしの考えは入学式から変わっていないよ。ここは学び舎だ。魔剣を学び、青春を謳歌し、やがて誰かを守れる魔剣師になるための場所だ。学校とは、そういうものだよ」
見た目に互い、とても静謐な口調でそう結んだ幼女学長は、ぴょいっとベンチから跳んで、くるりと振り返ると私を見つめた。
「剣聖になるんでしょ?」
「なりたいです」
「うん! ならよし! 難しいことは、大人に任せて! 明後日、楽しみにしているね!」
とててっと効果音がしそうな感じで幼女学長は駆け出した。本当に不思議な人だけど、その言葉には嘘偽りがなく、力強さがあった。
学生は、学生の本分を果たして良いのだと、そう言われているような気がした。
「カルラにも、教えてやろっと」
そう思って、私はまた夜の散歩を続けた。明後日には本戦が始まる。誰が1年生で最も強いのかを決める、決戦が──。
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