35 持たざる者
「大丈夫だった!?」
談話室でまだパジャマのナズナが私に抱きついた。眼帯先生から寮待機命令が出たらしい。
「私は大丈夫。でも東雲さんが──」
「浅倉、生きてはいるんだよな?」
姫野の問いに私が頷くと姫野はヒラヒラと手を動かして深刻さを取り消した。
「なら大丈夫だ。アレがくたばるようなことがありゃ大問題だけど、そうでないならすぐ帰ってくるさ」
確信と疑念が混じるような表情をしていた。
「まだ、こっちにも戻ってないんだね」
彼女は寮にも戻っていない。天秤座正義決壊天秤との契約で、心身ともに不安定なはずなのに。
すると、そこに足音がして、眼鏡先輩がライザ先輩をおんぶしてやってきた。
何事だろうかと思ったが、ライザ先輩は脚から血を流していた。
「ライザ先輩!?」
「あーだいじょぶだいじょぶ。東雲ちゃんを止めようとしてちと吹っ飛ばされただけ。興奮してたからね。今は落ち着いてるよ」
「どこにいるんですか!?」
「それは教えない」
「なんで──」
「え、教えたら行っちゃうでしょ」
「行きますけど……」
「今は会わない方がいい。不安定なんだ。カルラとも話し合って、今は安全なところにいる。本戦に関しては、今も教官たちが協議してる。眼帯先生は中止の方向で進めてるけど」
そう言ったところで、アレンが一歩前に出た。
「──中止は無い。させない」
言い切った声は、珍しく感情的だった。
「折紙アレン。君に政治は向かないね」
そう言って眼鏡先輩に運ばれながら移動し、アレンの肩を叩く。
「気持ちはわたしも同じさ。だから七面倒臭いことは先輩たちに任せて、今は準備をしておくんだ。剣聖候補を吹っ飛ばせるほどの奴と、戦う準備を」
私たちは頷いた。去ってゆくライザ先輩と眼鏡先輩。そして、アレンは私の近くに来た。
「今は先輩を信じよう」
「……そうだな」
「そうだ、本戦出場おめでとう」
「ふっ。そっちこそ」
肘でつつきあって、少し落ち着く。それから私たちラタトスク1年生は食堂へ向かった。
***
「私に不刃流を教えてください」
神楽リオン先輩はクラブの天井から下がったサンドバッグに拳を叩き込みながら私の言葉を聞いた。
言うとその手はピタリ止まり、近くに置いてあったタオルと冷たい水の入ったスクイズを取って私の方を見る。
「なんで私なの?」
「リオン先輩、4年生からの研究室、不刃流の分析と解析ですよね」
「まだ決めてないよ。特異点の統計解析にも興味あるし」
「バーサーカーなリオン先輩がそんな平穏なとこに行くわけないです」
「言ってくれるね。……まあそのつもりではいる。でも、やっぱり言うけど、私はそこにしようかと思ってるだけで、専門じゃない」
「それでもいいです。私より詳しいから」
「折紙アレンの方が余程詳しいでしょ。友達なんじゃないの?」
「その友達をぶちのめすための方法を聞いても、教えてくれないか対策されます。それは彼も望まないことです」
「え、あ、うん。そっか」
「私は彼のために、全力をできることをしたい──!」
ぴくりと先輩の眉毛が動いた。
「え、あー。いや、んなわけないよな。いや、でも、その顔……。いやいや浅倉が? いやいやまさかね……。私も疲れてんだな」
何を独りごと言ってるんだろう。
しかしリオン先輩は否定的だった表情を改め、私の目を真っ直ぐ見つめた。
「いいよ、手伝う」
「いいんですか!?」
「うん。私もこれで一応女の子だし」
「???」
「乙女心は、止まんないよね」
「????」
何故か頭を撫でられた。なぜ。
それからリオン先輩は少しだけ休憩を挟んで、舞台を眺める座席に座りながら話し始めてくれた。
「不刃流っていうのは言い換えれば魔力の格闘技。魔力のない私からすれば、正反対の存在ってわけ。で、私が不刃流の研究室を選ぼうと思ったのは、それが来訪者と似ているからだよ」
「来訪者と?」
「だってそうでしょ。相手は魔力で攻撃してくる。得物無しの身一つで」
確かに、それは考えたことがなかった。魔剣師という枠に収まっているけど、魔剣は持たない。それは見た目上は、言い方は悪いが来訪者と同じだ。
「不刃流が入学してきて、その攻略法が見つかれば魔剣師としても対来訪者戦術を学べると思った」
なるほどと私はノートにメモをとる。
「研究室の先生につてがあるから、紹介するよ。あの先生の方が、私より詳しい。突き放すようで悪いから、私とは引き続き戦闘訓練をしよう」
「はい! よろしくお願いします!」
「それと、自分を犠牲にしない頑張り方も、一緒に考えようか」
「み、観てたんですね……」
「賭けには負けたけど、いいもの見れたよ」
リオン先輩は、もう一度私の頭を撫でた。
「ちょっと面白そう」と思っていただけましたら……!
──下にある☆☆☆☆☆からご評価頂けますと嬉しいです(*^-^*)
毎日投稿もしていますので、ブックマークでの応援がとても励みになります!




