33 強襲者テミス
タッタッタッ。入学からずっと続けてきたこの習慣も段々様になってきた。
初めはガタガタだったフォームも、藤堂イオリ大先生のマンツーマンレッスンによって改善したし、息が上がってバテるということも減った。
まあ、私の強度が上がればイオリが運動強度を上げるので、イタチごっこではあるけど。
イオリってちょっとサドっ気があるんだよな。最高かよ。
「今日は本戦だね〜」
「うん、どんな試合が観られるかな」
「シオンも出る側なんでしょう? 当事者意識に欠けるんじゃない?」
くくく、と彼女は笑ってからかった。
「だけど、初心を思い出してみたら、私が憧れたのは魔剣師の背中だったって思い出したんだ。試合だとしても、色んな戦いが見られるのは幸せなことだよ」
「魔剣師オタクくんさぁ〜」
微笑んでそういうイオリ。ドキッとして、顔がにへらっとしてしまう。なにこれ、私がマゾみたいじゃないですか……。
でもよく考えたらファイトクラブでのリングネームは「マゾヒスティックプチデビル」である。
不名誉すぎる……。
「イオリはテストどうだった?」
「本戦には進まなかったの」
「進まなかった?」
「進める点は取ったけど、それはテストのためで、進級出来ればそれでいいから」
「優勝とかに興味無い感じ?」
「ううん。出たら、ズルだから」
???
疑問は湧くが、彼女に立ち入ったことを聞いて答えてくれた試しがないので私はその日もスルーすることにした。
友達とはいえ壁があるのは、普通というか当たり前だと思う。私もどちらかと言えばその壁は厚い方だし。
いつか教えてくれたら嬉しいけど、その時がより嬉しくなるように待っておこう。
「それで、本戦は不刃流使うの?」
「ぶっ──」
「昨日保健室で聞いちゃって」
「あんな夜中なのに……」
「あははははは」
こ、この子やっぱサドだ。
「見てた……?」
「んーん。聞いてただけ」
よ、良かったぁ。
「やましい事でもし──」
「してないしてない。するわけないでしょあのトンチンカン男と!」
「不純異性交遊って校則だと一発退学だよね?」
「なんで今その情報を……???」
ふふと笑うイオリ。サディストがよ。
「でも私……正直わかんないんだよ。何が純でなにが不純とか……それが本物なのか偽物なのかも、私には分からない」
「そうなの?」
「……うん。あはは、そういう、なんというか、青春っぽいの、私の人生にはひとつもなかったから──」
言い終わるが早いか、イオリが足を止めた。え? と思って振り返ると彼女が手を取って、いきなり私を抱きしめた。
「……ごめん。今のは駄目だった」
「え? いや、大丈夫だよ?」
私の人生は、振り返ってみればパンと、それを作る両親と、亡くなった祖父母くらいしかない。
魔刃学園は私に沢山のものをくれた。あなたもそれをくれたひとりなんだよイオリ。
彼女は泣いていた。抱きしめられているのに、私が彼女をぽんぽんと慰めた。
「私はね、イオリ。成長とか後退とか、色んな悩みはあるけど、ここに居られることがそれだけで、幸せなんだ。これ以上は、申し訳なくて望めないんだ」
「望んで、いいんだよ? 望んで、いいんだよ……。だってまだ女子高生なんだから、なんだって、できるんだから──」
なぜ彼女がそこまで私のことで泣いてくれたのかは分からなかった。でも、私をちょっとだけ大切に思ってくれているのかなと思うと、私はそれで胸が温かくなった。
「全部終わったら、女子会を、しようね」
イオリが、イオリっぽくないことを言うので、笑ってしまった。
「うん、やろうね、私もそういうのしてみたい」
ふたりで温度を伝えあって、気持ちが初めて、少しつながった気がした。
──BEEEEEEEEEEEEEEP。
「何っ!?」
私とイオリは校内の至る所にあるスピーカーからけたたましいビープ音が鳴ったことで、離れ、そして警戒した。
だが、私たちは魔剣を持っていない!
「2人とも逃げなさい!」
背中から声がかかる。それは東雲スズカの絶叫だ。
何事だろう。何が──。
私を、何かが影で覆った。
ゆっくりと振り向こうとする。
「東雲流抜刀術──彼岸花ッ!!!」
全速力で走ってきた東雲さんは継走状態での抜刀を準備した。集中しづらい環境でも、その静謐さはやはりトップクラスと言わざるを得ない。
だけど、そんなこと言っている暇は私たちにはなかった。
「シオン!!!!!」
背後に現れたそれは──テミス。
乙女座、純情女王の眷属。断罪狼を連れた、5m超の来訪者。
──KIIIIIIIIIIIIIIIIN。
彼岸花の抜刀はテミスを斬るためではなく、私を吹き飛ばすために使われた。
そして私がいた場所に東雲さんが残り、私が手を伸ばした時には彼女は納刀──こちらを見て、最後の言葉を残した。
「あの日守られた借りは、これで返したわ」
──KIIIIIIIIIIIIIIIIN。
ガシャン、その音ともにテミスの持つ天秤が傾く。
天秤の上には、心臓が乗っていた。
……心臓?
こぷっと血を吐き出した東雲さん。
待って、……なんだよ、それ。
それ、誰のだよ──。
胸を押えた東雲さんは、その場で崩れ落ちる。
「それ、誰のだよッ!!!!!」
土を蹴り上げ、私はテミスの元へ走った。だが、その契約は既に為されていた。
『望むは我の主。天秤は絶対である』
霧のごとく消えたそれは、もう、私に触れられるものでは無かった。視界から消え、手は空を切った。
「東雲さんッ!!」
脈がなかった。鼓動もなかった。
心臓を抜き取られた。テミスに。
──でも、呼吸があった。
「がぼっ……」
「東雲さん!」
「警報が──なって──速報が──ふたりのほうで──」
「喋らなくていいから、今は養護教諭を──」
「いや──不思議と、痛くない、のよ」
「え?」
「さっき、テミスの声がして──心臓を差し出す代わりに何かをくれるって──」
その言葉は、嘘ではなかった。
──SHINE。
一瞬の光の後、その人は現れた。
「乙女……カルラ?」
「久しぶり」
どうやって──。いや、そんなことよりもなぜ、今ここに。
「あれだけ、テストには出るなと言ったのに」
「関係が、あるの?」
「蛇使い座。お前がテミスを引き寄せたんだよ。東雲は契約をしてしまった」
「私が……。それより、契約って?」
カルラはそれを無視して、深い眠りについた東雲さんの触診を始めた。服を破り、心臓がないことを確認すると、彼女を抱えて、どこかへ向かう。
「保健室に向かう。だが、次に目覚める彼女は元の彼女だとは思うな。悪魔と契約した者は──その本性が出る」
そう言ってカルラは立ち去った。
私はその場で崩れ、しばらくして眼帯先生へ連絡をした。眼帯先生と寮長のライザ先輩には情報を伝え、結局その日の本戦は現場判断により、来週へ延期されることとなった。イオリは状況説明のために寮へ帰り、私は保健室へと向かった。
悪魔、契約、テミス、カルラ。
私は眠る東雲さんの前で、血が出るほど拳を握った。
私にまつわる問題に、今度こそ、決着をつけなければならない。私のことはもうどうでもいい。私のせいで誰かが犠牲になるのは、耐えられない。
そこに、乙女カルラは歩いてきた。
「ココアを持ってきた」
「もう初夏だよ」
「アイスココアだ」
「ありがとう」
「長い話になる。それを聞くか」
「ひとつも端折らなくていい。全部、聞かせて。私が知らなくていいことなんて、もうひとつもない」
その言葉に、彼はわかったと言って頷いた。感情的にだけはなるなとそう言って。
アイスココアは、酷く冷たかった。
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