32 それってまさか
私は保健室のやたらふかふかな布団が少し暑かったので、一度布団から出て、そのふかふかの上に寝転がった。
窓を少しだけ開けて、そよ風を入れる。
私は漠然と今日の試験のことを考えていた。
私は、考えるのが得意だと常々思っていた。得意というか、それしか無かった。
身体能力に自信がなかったし、グズでノロマ、パンを焼くのと教室の端で本を読むのだけが私だったから。
でも、魔刃学園に入って変わった。私は少しずつ自分に自信を持ってもいいのだと思えるようになった。
それは環境のせいでもあるし、友達の──ライバルのおかげでもある。
私はもう前の私とは違う。何も知らないで剣聖を目指すなんて無茶苦茶なことはもう言わない。
それが成長だ。
でも、それがもし後退だったら?
無茶をすることが解決策じゃないと学んだ。
我慢だけが強さじゃないと知った。
剣聖という目標との距離を理解してしまった。
私はもう、あの不倒門と対峙した時のように、がむしゃらになることが出来ないんじゃないのか?
剣聖を目指すと、言わないんじゃなくて、言えないんじゃないのか?
「──はぁ」
ため息をついた時、保健室の扉がガララと開いた。ノックもせずに……と思ったが、入ってきた人を見て納得した。ああ、彼ならそんな気遣いしないもんね。
「シオン」
アレンの低い声は、いつもと変わらず淡々としていて、ぼーっとしているのか真面目くさっているのか分からない声音だった。
「……なんでそんな丸出しなんだ?」
あびゃっ!
確かに布団の上に寝っ転がっておへそとかスネとか出まくってる……。
指摘された私は顔面を真っ赤にしてベッドに座り、布団をまとうようにくるまった。やめてー! スネとかアザだらけだから見ないでー!
「ノ、ノックしてよ」
「忘れてた」
私もアレンならノックしなさそうとか思ってたし気にしてなかった……。我ながら女の子としてどうかと思う。
「どうしたの? 明日の本戦、アレン朝はやいでしょ?」
アレンは歩いてきて、私のベッドに座った。いや、異性として意識されてないのは知ってるけど、それは色々大丈夫なんですかねアレンさん。というか私の尊厳はないんですかね。
「眠れないんだ。お前のことを考えていると」
普通の女の子なら「ぴゃあ」と顔を赤くするところだけど、アレンだからなぁ。
この男、強くなることしか興味無さそうだし。
「……えっと、不刃流使ったこと? でも、予選では結局一度も使ってないし──」
「そのことだ。なんで使わない」
「え?」
「使えるのに、なんで使わないんだ」
私は驚いた。
「アレンなら、一番に反対すると思ってた。それは偽物だとか……って」
被害妄想だろと真顔で言われてうっとなる。
「俺は不刃流に誇りを持ってる。でも、この力は誰かひとりのものじゃない。脈々と受け継がれてきた魂だ」
「なら、なおさら私が使っちゃダメだよ。私のはまぐれだ。そんなの、違う」
「何が違う? 言語化してくれないと、俺はバカだからわからない」
「……なんというか、努力の答えじゃない」
「身長や視力、先天的な才能は、それらは努力の末のものか?」
私は言葉に詰まり、ふと彼の顔を見あげる。
「確かに不刃流はお前の言う通り奇跡で使えるようなものじゃない。魔剣技は結局のところ技術だからな。そしてそれは、ちょっと頑張った程度で使えるものでも無い。──だが、逆に考えれば、それが使えるということは、それだけの努力を詰んだ土壌があるということじゃないのか」
「……あ」
アレンはこちらに顔を向け、その後、手のひらをじっと見つめた。
「お前はいつか言ったな」
彼は立ち上がった。ぼうっとする私の頬にそっと手を添える。私は視線のやり場が分からなくて結局彼の目を見つめた。
彼は両手で私の頬を包んで、それは冷たくて気持ちが良かった。大きくて無骨な手。マメもある。
彼の顔がゆっくり近づいてきて、そして──彼の額が私の額にこつんとぶつかる。
「手、抜いてんじゃねぇ。このカス」
おでこを離してふっとはにかんだ彼の言葉は静かでそれでも優しくて、私に何かを思い出させてくれた。
「カスは、やっぱり言い過ぎだったね」
そう言って目を背けると、彼はまた少し笑った。私はその笑顔を盗み見た。
そっか。忘れてた。
成長して、現実を知って、制限が増えても──たとえそうでも、心にストッパーをかける必要なんてないんだ。
「私、ちょっと、今までの自分から自分が離れていっちゃうようで怖かったんだと思う」
「変化は誰しもにとって怖いものだ。だが、俺は東雲とお前が戦うのを見て確信した。その変化は、悪いものじゃない」
「使っても、いいのかな」
「ああ。それがお前の全身全霊全力全開なら、それでいい」
彼のおっきな手のひらが、わしっと頭に乗せられた。くしゃっとひと撫ですると、また離れる。
彼はそうしてからは、何も言わずに保健室を出ていった。
そよ風が私の顔にあたって、それが冷たいと感じた。そして初めて、自分のほっぺたがあつくなっていることに気がつく。
胸骨の辺りが、なにか、浮いている感じがする。チクチクして、くすぐったいのかかゆいのか分からなくて、私は枕を抱きしめた。
枕から顔を上げると、余計に顔が熱くなって、すきま風が耳に当たると、耳まで熱されていることに気づいてしまう。
や、まさかね。
分からない。これが、「それ」なのか、分からない。でも、それはちょっと邪だ。アレンは、ただ全力の私と戦いたいだけなのだ。
アレンだって、自分が磨いてきたものを他人が使えるようになって、疑問を持っているんだろう。
なら、彼が答えを出せるように、私は本気を出さないといけない。
そんな、浮ついた感情をもって彼に向き合っている場合じゃない。
仮に「そう」だとするなら、それは、全部終わってからにする。
「……私って、意外にバカだなぁ」
誰に言うでもなく、そう独りごつ。
明日は本戦だ──。
***
「シオン。もう身体痛くないの?」
今朝になって保健室から自室へ戻ると、ストレッチをしている藤堂イオリがいた。何だこの子ほんと朝からいい匂いするな。
「うん、養護教諭さんに色々お世話になって。でももうこれ以上無茶したら治してやんないよって怒られた」
言うと少女は可愛らしくクスクス笑った。
「今日は走るのやめておく?」
「や、走りたい」
「その心は?」
「全力でやりたいから」
脳筋だね〜と言われてまた笑われる。でも、それが今できること。
待ってくれているイオリの元へ行くためには途中で一階の談話室を通る。談話室にはシャーコシャーコと砥石の音が響いていた。
誰だろうと思ったが、この朝イチから真面目に魔剣のメンテナンスをするのはひとりしか知らない。
「東雲さん」
理由はよく分からないけど、呼んでしまった。けれど彼女は嫌な顔をするでもなく、振り向いた。
「おはよう」
私は彼女がそう返してくれることに、驚いた。てっきり、嫌われていると思ったから。
「勘違いしないでよ。嫌いなのは、嫌いだから」
あっ、嫌いなんだ……。
「でも、アンタが気まぐれに力を使っていたとか、騙していたとか、そういうのは言いがかりだった。ごめんなさい」
珍しく素直だ。
「だからといって優勝を諦めるわけじゃない。次は全力を出して潰す」
「昨日のは本気じゃなかったって?」
私が少し微笑むと、彼女はふんっと鼻を鳴らして、それから小さく笑って「そうよ」と答えた。
「あんなのが本気でたまるか。アンタもそうなんでしょ?」
私は笑う。
まったく、素直じゃないんだから。
どいつもこいつも、誰も彼も素直じゃない。──私もね。
やれやれ、まったく。
私はうんと、返してイオリをこれ以上待たせないよう駆け出した。
「ちょっと面白そう」と思っていただけましたら……!
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