31 VS東雲スズカ
今ふたりのあいだには邪魔するものが何も無い。
東雲スズカの洗練された抜刀術は、たとえ邪魔するものがあってもそれすら斬り裂いて突き進むだろうけど。
すっと、音もなく抜刀姿勢に入る東雲スズカ。呼吸音が聞こえる。その集中は極に達している。
もうすぐ東雲流抜刀術が放たれる。
私はその瞬間を窺っていた。
リオン先輩は剣を破壊して対処した。私にそれが真似できるわけない。時間が無い。
ライザ先輩は集中を乱されると嫌だと言った。私に出来るとしたらこっち。
正直、正道を欠く気もするけど、大切なのはどう勝つかじゃなく、どうやっても負けないことだ。
東雲スズカは一瞬だけふっと息を吐いた。酸素濃度を減らし、脳を緊張状態に引き上げる。身体のフィードバックを高め、繰り出される速度は音を超える。
そしてそのための詠唱が始まる。
だけど、その詠唱の一瞬だけは明確な「隙」だ。
私は正義の味方の変身シーンを待ってあげるような優しい悪役じゃないから。
これで、決める……!
「東雲流ばっ──」
「水平方向Gravity 1 to SiriusBッ!!!」
白色矮星シリウスBに落ちてゆく速度でBlack Miseryの切っ先は東雲スズカの心臓を狙い吹き飛んだ。
腕の関節が嫌な音を立てて爆ぜた。それでもその短剣を離すことは無い。
閉じていた目をばっと開いた東雲スズカは抜刀をしたが、それは積極的攻撃の抜刀ではなく自衛のものだった。
互いの魔剣がぶつかり、爆発のような風が巻き起こる。
──ZINZIN。
「受け、られるんだ、これ」
「……舐めないで」
解除、魔剣に体重を乗せるが、そのまま抜刀したMURAMASAスカーレットに弾き飛ばされる。
だけどこれで私が抜刀の間隙を許すような相手では無いと伝えることが出来た。代償に肘関節が恐らく壊れた。
それが悟られないように左手に持ち変える。
東雲スズカは苛立つような顔をしたが、抜刀での一撃必殺は諦めたように、魔剣を宙にふっと投げ、自らの周りを飛ばせる。
魔剣の浮遊操作。オートカウンターだ。それがどれだけ強力なのかはライザ先輩とリオン先輩の試合を見て知っている。
単純にリーチが、攻撃可能範囲が格段に広がるのだ。こちらが間合いに入ったとて、その時にはもう斬られている。
まして相手が東雲スズカ。ライザ先輩は手数を増やすことで強さを示していたが、彼女の場合そのひと振りに極の集中を費やしている。
さっきの様な重力操作での一閃突破なら重さで勝てるか? いや……、次にシリウスBを使えば腕が千切れる。千切れたら代謝でどうこうできる問題じゃなくなる。
今の私に何ができる? 考え──。
──GRASH。
その重い一撃を、ぎりぎり右腕で受け止める。
「腕で魔剣を止めるとか、馬鹿じゃないの」
尋常でない程震える右腕、こっちはもう使い物にならないから仕方がない。だが、それ以上に考えなければならないのは、向こうがカウンターありきの戦いではなく、思い切り踏み込んできたということについてだった。
腕がひしゃげそうで、痛みは熱に変わる。湧出するアドレナリンで辛うじて辛くないが、それが止まったら私の意識は飛ぶだろう。
一瞬腕を押し上げて受け止めるのを魔剣に変える。だが、向こうの殺意と攻勢が止むことはない。そして彼女は詠唱をした。
「東雲流抜刀術──五月雨」
次々に繰り出されるのは──抜刀だった。
「アンタがアタシの隙を許さないようにアタシもアンタの隙を許さない」
東雲流抜刀術は初撃必殺じゃないのか……!
目の前で繰り広げられ、使い物にならない右腕を下げながらぎりぎりで意識を保ちつつ魔剣で受けるその剣術は、尋常ではなかった。
彼岸花の一撃の抜刀の様な集中と重さはそこにはなかったが、抜刀して斬りつけた次の瞬間には納刀して抜刀姿勢に入っている。私はその間隙を見つけることができない。
「ガッ……」
「諦めろ、諦めろ諦めろ諦めろッ!!!!!」
猛り、叫ぶ東雲スズカ。いつもの様な冷静さはなく五月雨を発動してからは人格が変わったように私を斬りつけた。
速すぎる──。
重くない。でも、速すぎるのだ。
どうすればいい。
考えろ──考えろ!
私には重力操作という重さがある。そして、人より我慢強いというところも。そのふたつがあれば、これを超えられるか?
「──超えられる」
私は彼女が抜刀したその魔剣を──両腕で受ける。
「っつ──!!!!」
「魔剣はどこ行った!」
手に魔剣はない。
でも足にはある。
「垂直方向Gravity 1 to 0 to 10000ッ!!!」
納刀の瞬間目が離れる。その隙を縫ってふくらはぎに魔剣を刺す。そして、重力を1から0にして慣性力で蹴り上げ──1万倍の重力で振り下ろす。
「がはっ……!!!!」
──HUUUUUU、BANG!!!
私の足の下で地に臥せる東雲スズカは、試合終了を告げるその花火が炸裂した後に気絶した。そして、アドレナリンが切れた私も、彼女の上に臥せるように倒れる。
混濁する意識の中には試験の結果など気にする余裕はなかった。ただ、その試合が精いっぱいだった。
人の想いが乗った剣はこんなにも──。
それ以上私の記憶はない。
***
目が覚めた瞬間、私はばっと起き上がり叫んだ。
「順位はッ!?」
「焦ったらアカンゆうたやんな?????」
私の頭にデコピンをする、関西方言の綺麗なお姉さん。養護教諭だ。
「ご、ごめんなさい……」
身体中が痛い。ファイトクラブで受ける攻撃よりもずっと痛い。それだけ、自分の事に気を配れていなかったんだ。
「リオンについてるからそこんとこちゃんと教えられてると思てんけどなぁ」
「先生、リオン先輩の事知ってるんですか?」
「知ってるっちゅーか、ウチ、ファイトクラブの副顧問やし」
「えっ!?!?!?」
そうじゃないとあんな部活許すわけないやん、と笑いながら話す養護教諭。でも、そのおかげでファイトクラブは存続できているのか……。
「あ、その、それより……。順位は──」
「ギリギリや」
「え?」
「あんたは16位。最後の斬りあいでぎりっぎり加点」
間に合ったんだ。私は。本選に出られる!
「っしゃああッ! ──いったぁ……」
「アホやな……。あんま動かん方がええで。肘関節と前腕の筋群がボロボロやし、身体中のスジ痛めとる」
「はい……」
「本選、出たいんやろ?」
「──はい」
「んじゃ、今日はおとなしくしとき。ウチの魔剣技で、まあなんとか間に合わせたるわ」
「……よろしくお願いします!」
それから夜になるまで、私は予選の事をずっと考えていた。私はこれまで何を培ってきて、そのどれを活かせたのか。
でも考えても、分からないことはわからなかった。私はいつも客観性に欠いているから。
だけど少なくとも、かっこいいとかすごいって思うだけだった相手を倒すことができた。それは、成長している証だと思う。
「でも、自分を犠牲にするやり方で勝つん目指すんやったら、学園としては応援できへんわ」
「……──」
「魔剣師は死んだらそこで仕舞や。卒業したその戦場に、ウチはおらへんからな。それは、自己管理せなあかん」
「──はい」
ベッドに寝転ぶ私の横に座り、頭を撫でてくれた養護教諭。いつもは変な人だけれど、大切なことを言うときだけは静かだ。
「本選出場おめでとさん」
天井があふれる雫でぼやけてよく見えない。私はそれを腕で拭った。拭っても拭っても、それが枯れることはなかった。
悔しさや、嬉しさや、色んなものが混じったそれを、ただ単に涙と形容するには、その言葉は軽すぎた。
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