30 そういう戦い
「浅倉さん〜? アレ???」
「牧野君こっち。目立たないで」
私は聖域魔剣によって張られた透明のベールをすっと手でかき分けて牧野君に手招きをする。
呼ばれて頭を書きながらベールの中に入ってくる彼は、不安そうな顔をしていた。
恐らく私たちにボコボコにされると勘ぐっているんだ。
私のことを売った牧野君を安心させてやるギリもないのでしばらくはそうしていてもらおうか。
「それで、作戦っていうのは?」
「狩りをします」
ナズナはふん? と首をかしげ、牧野君はそれをやや懐疑的に見つめている。
「やっぱり来訪者でポイントを稼ぐの?」
私は首を振る。
「人間狩りです」
びくんと跳ねる牧野。
「えー、それなら牧野君を一方的に斬った方が簡単じゃない?」
びくびくっと震える牧野。この子ほんと野蛮なんだよな。可愛いから許す。
「牧野君とは今後ともクラスメイトとして仲良くやりたいのでしません」
ほっと胸を撫で下ろす牧野君。何考えてるかわかりやすいなぁ。
「でも狩りって、具体的には何をするんだ? 人数で攻める的な?」
私はそれを首肯する。
「正しくは2人の『私』で挟撃する」
言うとナズナはああ〜! と声を上げ、概要を理解。牧野君は未だに不思議な顔。
「あたしの能力、コピー系なの。詳しくは後で教えるね」
なるほど、とつぶやき口元に手をやる牧野君。しばらく考え、頷く。
「いけるかもしれない」
「私は火力を提供する。ナズナはそれを倍にする。ターゲットは牧野が索敵。このサイクルでポイントを元に戻す」
「俺は能力的に点が取りづらいから助かる。……ただ、ひとつ懸念があるとすれば、そういうことを他の奴らがやってないか、だな」
その懸念に気がついていなかったわけじゃない。私が考えるのが得意だとはいえ、私が思いついたことだけが全てだと考えるのは危険だと今朝学んだ。
この作戦を展開するにあたっては敵がチームを組んでいるかもしれないと考えた方がいい。
「牧野君のサーチについて詳しく聞ける?」
「ああ。俺のサーチは、正確に言えば魔力濃度をサーモグラフィーみたいに見ることができるんだ」
「さーも?」
「赤外線で温度を可視化するやつでしょ?」
それそれと彼は頷く。
「目を閉じたらまぶたに魔力が流れてる奴の輪郭が浮かぶんだ」
「でもでも、それでどうやってシオンを見つけたの?」
「浅倉さんの魔力って、こう……、なんつーかな特徴的なんだよ」
「特徴的?」
「そうそう。なんか、2人分重なってるみたいなさ。ぼやぁっとしてんだよ。あ、あれ浅倉さんだわと思って」
2人分──。その言葉が引っかかった。それって乙女カルラが言ってた「何かが居る」みたいな話じゃないのか……?
「それもっと詳しく知りたいんだけど」
「そんな暇なくないか? もうすぐ夜が明けるぞ」
「そっか──。なら、それはあとで。分担は決めたけど他に決めておくことは?」
「えっと、シオンをあたしがコピーして、牧野君が目標をサーチして、2人で狩るんだよね」
「そうだね」
「共謀の罪でルール違反とかないよな?」
「ないと思うよ。この学校の人が『ルールはそれだけ』って言った時はだいたいそれだけだから」
よくわからんと言われたけど、作戦に反対は無い様子。ナズナもやる気満々で行動食を食べ終えた。
「じゃあ、やってみようか──」
***
「ナズナ! テンカウントで水平方向!」
「わかった!」
歯を食いしばり後ずさる不死鳥紋寮の生徒たち。
牧野君の懸念は当たっていた。予選が終盤になるにつれ、生徒たちは徒党を組んで大集団がより小さい集団を襲撃するという形が多く見られた。
「水平方向Gravity 1 to 300 ッ!!」
「水平方向Gravity 1 to 300 ッ!!」
でも、その多くは即席のチーム。授業ではチーム戦などやらない。魔剣師は基本的にはその資格をもってひとりで活動を行うためだ。
その点、ナズナのチームメイトとしての優秀さは群を抜いていた。
彼女には、戦闘中に私が考えそうなことが私が考えるよりも早くわかる。私が動けばその時にはそのカバーに回るように彼女も動く。
対戦相手として相対したときはあんなに脅威だった模倣が、こんなにも頼もしいとは。
「お前ら双子かよ!!!」
そう叫びながら2人の同時攻撃により気絶した学生。彼でちょうど17人目。
「ポイントどうなってる?」
「プラスに戻ってるよ!」
どうやら同時攻撃でもそれがノックダウンにつながるのであれば両者に得点が入る仕様のようだ。確信が持てないので乱用はできないけど。
「速報出てるぞ。……って、君たち俺よりポイント取ってね?」
牧野君が示したスマホの画面を見ると例のチャットルームに、獲得ポイントの現在のランキングが書き込まれていた。
1位が折紙アレン、2位が乙女カルラ、3位が東雲スズカ。
今の所、ファイトクラブのライザ先輩以外が予想した通りの結果だ。
「んで、その下」
「えっ? これ」
「4位綾織ナズナ、5位浅倉シオン」
「ほんとだ〜!」
「大抵の人達は初日でポイントを失うだけ失って、本質に気がついたら時すでに遅し、って感じかな。減点方式だから、正の数になってるだけで上位に上がるんだ」
「やったぁ! もうあたし達本戦に進めるね!!」
やめろアホ! フラグをたて──。
──SHINE。
腰から肩にかけて、一瞬で、そして一撃で斬り捨てられ、身体がふわっと浮き上がるナズナ。瞳孔が開き、驚愕の表情をして、そして地に墜ちる。それはまるで長い時間のようだったが、時間にしてみれば1秒もない。
私と牧野君はナズナを気遣う間もなく迎撃の構えと防御姿勢をとり、その襲撃者に備える。
ナズナを一撃で葬ったその魔剣、MURAMASAスカーレットは主人の元へ帰る間隙を生んだ。逡巡ののち、それを致命的な隙と受け取った牧野君は両手魔剣をぐっと握り踏み込み、その強襲者東雲スズカへと走り出した。
駄目だ、それは隙なんかじゃない──!
「不刃流十六式。限界無しの速射抹殺」
──BANG。
牧野君はこめかみに食らった不刃流の勢いそのままに後方へと吹き飛んでいった。
目の前の光景は、恐らく考えうる限り最悪の状況だった。
「勘違いしないで。この男と組んだわけじゃない」
組んだわけではない。でも、一時的な停戦と一時的な共闘協定を結んでいるのかもしれない。私にとってそれは同じことだった。
森の中の開けた湿地──。ややぬかるんだその場所の対岸に東雲スズカと折紙アレンが並んで立っていた。
「実況席があるのなら、さぞ盛り上がってることでしょうね……」
私がそんな皮肉にもならないことを呟いても反応するようなふたりではない。
「折紙。本当に良いのねアタシはここで浅倉シオンを斬り捨てるわよ」
「ああ、構わない」
「本選に来いとか言っといて、酷いことするじゃない」
私が苦し紛れに笑って言うと、アレンは返す。
「来れなければそれまでだったということだ」
本戦まで来いとか、次会うのは舞台だとか言ってきたくせに。ライザ先輩みたいなこと言うし。
みんな、私を強いとは思っていない。それは、なんとなく伝わってくる。私ができるのは、ほんとに、頑張ることだけなんだ。
でもその分、「期待」をしてくれている。
勝手な人たちだ。私は私に自身がない。自分に期待することだって難しいし、それを自分で背負うのだって苦しいのに。
人から貰う期待はもっと重い。この足元の泥のようだ。
だけど、その泥があるおかげで私は立っていられる。
「はじめはどっち?」
「アタシよ」
MURAMASAスカーレットは既に主人の元へ帰っている。抜刀では勝ち目がない。なら、場当たりで行こうか。
この、唯一私を「目障り」だと思ってくれているツンデレな友人をぶちのめすのに、下手な論理などいらない。
どっちがより強い気持ちを持っているか。
これは、そういう戦いだ──!




