28 VS綾織ナズナ
「勝負しよう。あたしの、憧れ──」
考えてもいなかった。ナズナと、親友と戦うことになるなんて。そう、馬鹿な私は何一つだって考えていなかった。
でも、考えればわかる。考えなくたって、わかっていたはずだ。これは試験なのだから。
何が狩りだ。試験の本質を理解したつもりで、何も理解できていなかった。
仮にここが狩場なら獲物は私だ──。
「ごめんね、裏切り者みたいだね、あたし」
「ね、ナズナ」
「……ほんと、ごめん。でも──」
「私と戦いたかったの?」
はっとして、ふと顔を上げたナズナ。彼女はじっと私を見つめて、そして真剣な顔で頷いた。
「うん。戦いたい。あわよくば──勝ちたい!」
ナズナはいつも私を同じ土俵で見てくれるね。
あなたが親友でよかった。
親友なら、全力を出せる。
「いいよ、やろうよ。迷惑をかけてもいいのが、親友なんだから」
それはいつかの日に彼女が私にくれた言葉だった。
ナズナはぱっと明るい顔になり、そしてふるふると顔を振ると、真剣な目つきに変わって、薙刀を八相の構えに持ち替える。
私は魔剣を握り、抜刀姿勢から持ち替えて逆刃に。
そして、どちらからともなく、その一歩が踏み出された──。
***
──ZASH。空気を切り裂く音が私の目の前を通り過ぎた。寸前で身体をのけぞり避けるが、極めて体勢が悪い。
「あたし、小学校まで競技薙刀習ってたんだ。その時は本物を振るうなんて思ってなかったけど!」
即座に持ち替えられた薙刀の切っ先が私のスネを切り裂こうとするが、私はBlack Miseryに告げる。
「Gravity 1 to 80ッ!」
瞬間、その500gの魔剣は80倍の重力に引かれ私自身の力では出せない速度で落下し薙刀の刃を跳ね返す。
「ぐっ──」
「解除。水平方向Gravity 1 to 500ッ!」
返す刀の隙を与えず横方向に重力を乗せて斬りつけるが、実戦での使用回数が圧倒的に少ないため、構えが追い付かず身体が引きちぎれそうになる。つなぎ目の手首が裂けそうだ。
それを隙と取ったナズナは刃を引いて回転、石突で私のこめかみを吹き飛ばした。
「がぅッ──」
「次は斬る!」
強い。
私はあまりに彼女のことを知らなかった。彼女は、魔刃学園に入学して、ほわほわとした性格ばかりを見せていたが、その戦い方はまるで鬼神の如し。
その後も激しく斬り合う中で、わかった。確実に私のことを殺しにきている。でも、全力を望んだのは私だ。
「ウラァッ!」
──ZIN。
刃を刃で受け流す場面が続いたが、彼女の一太刀が私の手首を切り裂いた。重い痛みが骨に響く。
「──っ!」
そっか、私は彼女をちゃんと見ていなかったんだな。だけど、彼女は私をちゃんと見ていた。
私の──短剣使いの弱点が手首であると、彼女はもう気が付いている。特にGravityを使えば魔剣と身体の接合部となる手首には尋常ならざる負荷がかかる。
そこに浴びせられた薙刀。恐らく今ので手根骨がいくつか持っていかれた。
私はBlack Miseryを左手に持ち替える。右手はしばらく使い物にならない。
「はぁ……はぁ……」
ライザ先輩がナズナを3位と予想したのは、もしかしたら先輩は彼女のことを見ていたからなのかもしれない。
見ていればわかる。この子は並の練度じゃない。魔剣技を使わずにこんな戦いができるなんて。神楽先輩には及ばないが、限りなく近しい努力の香りがする──……。
あれ──?
そして、神楽先輩のことを思い出したとき、脳裏にある仮説が浮かんだ。アレンと戦ったときの様な、スパーク。
「──……ナズナ。その魔剣技、なんて名前なの?」
ナズナはハッとして、少し悲しい顔をして、諦めをつけるように、静かに刃先を下ろした。
「……気づかれちゃったか。さすが、シオンちゃんだね」
ひとつ、綾織ナズナはバスケ部だ。傲慢かもしれないが、仮定として、ファイトクラブでずっと魔剣に触れている私ほどに練度が高いとは思えない。
ふたつ、私は彼女の魔剣技を知らない。それを発動していないだけだと思っていたが、そうでないのなら?
どちらも仮定だが、ナズナの返答でそれは正答となった。
──つまり、綾織ナズナは既に魔剣技を使用している。
そしてそれは、コピー系の能力だ。
「幻影への変身。対象者の能力を使うことができる魔剣技なの」
完全に刃を下ろしたナズナの顔は俯いていた。
「人の努力を、まるで自分のものみたいに使うなんて、卑怯だよね。人と同調するしか能がないのも、あたしっぽいや」
ぽりぽりと頬を掻いて、なにかを謝罪するように、泣きそうなのを必死にこらえて。
「シオンちゃんをコピーした時、すごかったよ。身体が軽くってね、的確に動くし、型は全部身体が覚えてるんだ。あたしが素で使う薙刀なんて、小学生レベルでさ。
ああ、この人はこれまでどれだけの努力を重ねたんだろうって、戦いながら泣きそうになった。でも、それじゃほんとにみじめだ。せめて真正面から戦いたいって、思った。
どうして思っちゃったんだろう。憧れを超えられるなんて。偽物は絶対に本物にはなれないのに。どうして。
あたしは卑怯者だ。
そんなあたしが正々堂々なんて──恥知らずだった……」
ぼたぼたと落ちる涙。決壊する涙腺は、それを止めたい彼女にも止めることができなかった。
魔剣技というのはまるで魔法だ。
無から有が生まれることもあるし、物理法則を嘲笑うかのようにふるまうこともある。
けれど、それを扱うにあたって、絶対にぶれないルールがある。それは、その人格に則り技が形成されるということだ。
彼女はそれを「コピー」や「偽物」という言葉を使って表した。実際その能力はそう形容するしかない。
でも、あくまで魔剣技は技術だ。
──魔法のようで魔法じゃない。
技術を積み重ねてきた人を間近で見てきたからこそ、私にはわかる。他人の技術を真似ようとしたって、素の実力がなければ不可能だ。
その偽物を使うのは本物なんだ。
その技を修得したナズナの人格──心は、私にとって、間違いなく本物だ。
だから私は彼女の涙を拭いてあげたりはしない。彼女は守るべき偽物なんかではないからだ。
──だって、コピー能力持ちとか超強いじゃん!
私は彼女に思う。立ち上がれと。
立て。もう一度立て。──立つんだよッ!
私は左手に持ったBlack Miseryを握りなおす。彼女に向け、もう一度向かう。
「私に、憧れてくれたんだね」
鼻をすすり、なにかに縋るように頷くナズナ。
「私、そんな大したやつじゃないよ?」
「あたしにとっては、光だった──」
私にとっても、あなたは光だよ。
なら、もう一度やろうか。はじめから。
「憧れを越えろって焚き付けたの、私だったね」
「……そう、だよ」
「じゃあ、やってみなよ」
彼女の顔がふっと上がる。
「──勝った方が本物。それで良い?」
その至極単純なルール。だが、その提示はナズナの目にもう一度光を灯した。
鼻をすすり、涙を指で拭った彼女はザッと足を引き、薙刀を正位置に運ぶ。八相の構え。
今度は「私の全て」を使って私を殺りに来るだろう。
それで良い。それが良い。
だって、本気で殴り合うのが、親友ってもんじゃないか──!!!
「水平方向Gravity 1 to 1000 ッ!!!」
「垂直方向Gravity 1 to 1000 ッ!!!」
CRASH!!!!!!
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