26 予備試験当日
第一競技場には1年生が全員集まっていた。他の学年はその学年がいつも使用している競技場を用いるとのこと。
ラタトスクは全員で12人。他の寮も大体それくらいの数で、50人弱の生徒が集まっていた。
「シオン柔らかいねぇ」
イオリに背を押されて柔軟をする私。柔軟に関しては関節がバカになるほどやったので、というか神楽先輩にやらされたので自信がある。
少し離れたところでは東雲さんとナズナが伸ばしあっている。
東雲さんはどこか思い詰めた表情で、私はあの日の図書館での電話を思い出し、胸が痛くなった。
「全員、こちらを見ろ」
眼帯先生が拡声器で全員に呼びかける。ウォームアップをしていた生徒達はめいめい先生の方を向く。
「これから第一学年春期定期考査予備試験の第一日程を開始する。その前に、試験内容について説明を行うので、集中するように。事前質問は一切認めない事とする」
会場が静寂に包まれると先生は続けた。
「まず──事前に各寮の担当教官より通達があったと思うが、繰り返す。
本予備試験においては模擬魔剣を用いる。
不死鳥紋寮、巨虚鯨紋寮、創造視紋寮、破戒律紋寮、総勢50人で行う勝ち残り形式の乱戦だ。
次にルールを説明する。
舞台は第一競技場裏手にある『瑞穂大森林』。16平方㎞の森林で、普段は立ち入り禁止区域となっている。
小型の来訪者が漏出する乱数特異点があるからだ。
気絶、重症によって退場。発煙魔剣を使えば救援が向かい退場となる。
斬れば1pt。退場させたら10pt。斬られたらマイナス5pt。そして来訪者を討伐すれば10ptを与える。
最後の16人になるまで斬り合い続け、それを今日と明日の2日間ぶっ通しで行う。
16人は本戦へと進み、試験の点数は得たポイント数に2をかけた数とする。
以上。それでは移動を開始する」
眼帯先生の説明が終わっても、誰ひとり質問はせず全体が動き始めた。先生が質問を認めないと言えば質問は認められないのだ。
「ねね、シオンちゃん」
歩きながら、隣に来たナズナが話す。
「これって5人倒せば100点ってこと?」
「ごく単純化すればそうだね」
「来訪者って前のでっかいやつみたいなのかな……」
「試験会場にするくらいだし、テミス級は出てこないと思うよ」
「じゃあじゃあ……」
「ナズナ」
「ほえ?」
「大丈夫だよ」
私は彼女の肩に手をやって、緊張をほぐすために軽く揉んだ。
「これは試験だから。誰も傷つかないし、何も起きないよ」
「……うん、そだね。そうだよね……!」
緊張していたんだろう。でも、もう心配することなどない、ナズナの大敵であった筆記試験はもう終わった。
ここからは、魔剣の戦いだ。
──そういえば、今の今まで気にしてこなかったけど、ナズナの魔剣って見たことないな。
血刻みも模擬戦も、他の授業でも。
この試験で見られるかも。ちょっと楽しみだな。
そう思って、私は瑞穂大森林に向けて歩を進めた。
***
試験監督である眼帯先生は各寮に指定の模擬魔剣を配り終えると、最後にラタトスクの方へきた。
「お前ら、変なことはするなよ」
「せんせー、あたしらに信用無さすぎない???」
「問題を起こすのはいつもお前たちだろうが……」
「大丈夫だ、先生。俺がいる」
「お前が一番不安なんだよ」
それはそう。
そして去っていった先生。なんだったのかはよく分からなかったけど、姫野が眼帯先生なりの応援だったんじゃね? と言って皆が納得した。
「ま、クラスメイトって言っても試験じゃ敵だしなー」
「だね! ユウリくんのこととか斬っちゃうもんね〜」
「オ、オレだって斬っちゃうぜ?」
嘘こけ。お前みたいな小心者に好きな人を斬れるわけが無い。
「シオン」
アレンが私にコソッと声をかけた。
「ん?」
「本戦まで上がってこい。必ず」
「は、はぁ……」
「お前とは決着をつけたいんだ。誰にも邪魔されない一騎打ちの場で」
そう言われて、私は少し嬉しかった。
少なくとも本戦に行ける可能性があると思ってくれている。
それだけで、私の抱いていた不安は消えた。
「わかった。次に会うのは、第二校舎の戦闘舞台だね」
私は拳を突き出し、アレンはコツンと拳を当てる。
さて、戦いの緞帳が開く。
張り切って行こうか──。
***
支給されたベルトには、500mlの水、発煙魔剣、行動食が取り付けられていた。
スマホは持ち込み可とされているので、各々が地図を見て初期配置まで移動する。
友達と別れてから十数分、もうすぐ試験開始の合図である花火が上がる頃だ。
ちょうど空を見上げた時。
──HUUUUUU、BANG!!!
赤い花火が控えめに打ち上がり、春期定期考査予備試験が始まった。
よし、まず作戦を確認しよう。
この試験で主に考えるべきは2つ。「斬られないこと」そして「生き残ること」。
実に単純だけど、これが最も考えるべきことだ。
この試験で誰かの魔剣が私を斬れば、私の点数は5pt下がる。
仮に私がひとり退場させたとしても、他の人に3回以上斬られればポイントはマイナスになる。
この試験は斬り合えば斬り合うほど、点数が下がっていく仕様になっている。つまりこれは加点法の様式を使っただけの減点方式──。
それを理解しているのとしていないのとでは動き方が変わる。
なるべく接敵しないこと。それがポイントを守る最善手だ。
ただ、初めからそういう傾斜が付けられているということは、ポイントに関して筆記試験ほどは重視していないと考えられる。
ここで見られているのはもっと他の──。
その瞬間、私は「迎撃の構え」から抜刀をした──。
「あっぶな!」
そう言ってギリギリ避けたその相手は、平凡メガネこと牧野コウタだ。
「浅倉さん、悪いな」
「いきなり狙ってくるなんて……」
「や、ほら。俺影薄いから、こういうとこで頑張りたいっていうかさ」
「けっこーやる気に満ちてんじゃん」
牧野君は笑って「正義の構え」で両手剣であるClaymore the DOUBLEを私に向けた。
今回の試験で用いられる模擬魔剣は特別製で、本人の持つ魔剣を完全に模倣することが出来る。
これは不刃流が有利にならないための措置だ。当然模擬魔剣としての安全装置付き。
「俺はあの何でも叶えてくれる権利を使って、メガネをコンタクトにするっ!」
「り、理由がくだらない……!」
「なんだと! いや、お喋りはいい。浅倉さん、俺と戦っ──」
──BANG。
音が遅れて聞こえた。目の前でこめかみに打撃を食らった牧野君は事故テストのマネキンのように吹っ飛んで行った。
──狙撃手だ。
牧野君が吹っ飛んで行った方向から逆算して木々のどこから撃たれたのか大体の当たりをつける。
その方向から見えないように、木に隠れる。
そりゃそうだ。みんな集中してる中お喋りしてたらああなる。
だけど、それにしてはこのエリアに人が多すぎないか──?
そして、私はこの予備試験が、ただの知略戦では無いということを思い知る。
後方の狙撃手、そして、前方に双剣を携えた乙女カルラ。
「あ……久しぶり……ですね……」
彼の目は笑ってはいない。
「出るなと言ったよな」
そして、そのカルラの喉元に魔剣を突きつけたのは裏手から回った東雲スズカだった。
「ラタトスクで集まってお仲間ごっこか」
いや、そんなわけない。だって東雲さんは私にキレているから。
「冗談は顔だけにして」
いや、カルラ結構整った顔してるのに。
「いくら殴っても気絶しない、最高のポイント稼ぎサンドバッグ。渡すわけないでしょ」
ここでようやく気がついた。この試験で最も「都合がいい」人間はわたしであることに。
嗚呼、終わった。
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