24 その審美眼は
「戦闘外装?」
そう! と頭のお団子をひゅこひゅこ動かしたナズナ。今日も今日とて談話室で勉強中。
みんなは気晴らしにと外で模擬魔剣を使った打ち合いをしているが、ナズナはまだ少し筆記が心配とのことで、私は付き合っていた。
「この前言ってた戦闘服のこと! オーダー明後日までじゃん? だからシオンちゃんはどんなのにしたのかなって」
あっ。
戦闘外装。魔剣師が戦闘時に着用する専用の服で、その人の魔剣技に合わせた仕様で作られる、完全オーダーメイドのものである。
定期考査が終わったあとから真剣での授業も少しずつ増えていくので、準備が必要とのこと。
「完全に忘れてた」
「完全に忘れてたの!?」
ここしばらく考えるべきことが多すぎて、そういったことが全くすっぽり頭から抜け落ちていたのだ。
「え、どうするの?」
「どうしようねぇ」
ほんとにどうしよう。みんな戦闘外装来てるのにひとりだけジャージとかやだよ……。
「うーん……。ん? あ、そうだ。そういう時は先輩に相談してみようよ!」
「なるほど確かに。でも暇な人いるかな。今先輩たちも試験勉強してるんじゃ……」
「大丈夫! そこにいる人は試験とか関係なしに暇な人だから!!」
なにそこ。危なそう。
言われるがままに私はナズナの後ろをぽてぽてついて行く。
ナズナと東雲さんが同室なのを思い出したが、恐らく今日も図書館だろうと予想し、それは当たっていた。
「うっわ……」
ナズナと東雲さんの部屋はなんというかすごかった。
右半分は恐らく東雲さんの空間。某家具屋さんのディスプレイみたいに整然としている。
そして左側。きったねぇ〜! 汚い!
汚部屋も汚部屋だった。
嗚呼、こんなに可愛くて優しいのにアホで汚部屋か……。推せるな……。
「ちょっとだけ散らかってるけど気にしないでね」
「ちょっと????」
雑誌やら漫画が積まれていて、ひとつでも倒したら我々は窒息して死ぬ。
足の踏み場というか、酸素すら足りない気がする。この部屋。
稲穂の構えを使い、何とか山々をすり抜けると、勉強机にたどり着く。
それを見て私は少し嬉しかった。勉強机には、沢山の付箋が貼ってあり、勉強の足跡が残されていたのだ。
こんなに頑張ってくれるなら、教える甲斐があるというものですね。
ナズナが引き出しからノートパソコンを取り出すと何やらカタカタし始めた。私は機械音痴なので、あんまり難しいことは分からなかったが、どうやらこのパソコン越しに誰かと連絡をとっているらしい。
「はとむぎ……?」
「うん、ラタトスクの3年生。この人いつもいるから多分暇なの」
「理解屋……?」
「こっちはラタの7年生! すっごく物知りなの!」
なるほど、学内ネットを使ってラタトスクに上下のつながりを作ってるのか。
「あ、理解屋さんが知り合いを紹介してくれるって!」
「ネ、ネットの人と会っても大丈夫?」
「へへっ。シオンちゃんってかわいーね」
ずいと顔を寄せられ、ドキドキしました。
「えっと、なになに? 紹介できるけど気難しい人だからひとりで行きなさい、だって。場所は第一校舎の第2塔の最上階……だって!」
ふむ。気難しいのはちょっとやだけど、何とかしてもらえるというのなら行くっきゃない。
「じゃあ、早速だけど行ってくるね。すっかり忘れてた」
「うん、行ってらっしゃい! テキスト進めておくね!」
ぶんぶん手を振るナズナを置いて私室を後にする。
一体どんな人が待っているんだろう。
***
ぜぇはぁ、ぜぇはぁ……。
300段はのぼった。絶対のぼった。
第一校舎第2塔にはエレベーターがない。そのせいで引くほど階段を上らされた。
本当にこの先誰かいるんでしょうね。居なかったら泣きわめいてやる。
そしてたどり着くと、そこには分厚い鉄の扉があり、こちらを拒絶しているような印象すら与えた。
けれど、疲れのせいでよく考えられない私はゴンゴンと扉を叩いた。
返事無し。
ゴンゴン。
返事無し。
ゴンゴン、ゴンゴン、ゴンゴンゴンゴン!!!!
「うるっさいわねー!!!」
中から女の人の怒鳴り声が聞こえてきてひゅっと驚くと叩く手を止める。
ガンッ。覗き窓が開く。
「あんた誰?」
「あっ、あの、その理解屋さんの紹介で……」
「あー、あれか。でも今忙しいから」
「えっと『2年前の夏のことバラす』って言えば開けてもら──」
「その内容は聞いたか?」
「え」
「聞いたか?」
ガンッと扉をどつく音。
「きっ、聞いてないです! でも理解屋さんがそう言えって……!」
ヂッと舌打ちをしたその人はまたバンと覗き窓を閉めてガシャン、カチカチカチカチ……ゴゴゴ……ガシャン、ガッシャン、ガガガと次々に扉のロックを解錠してゆく。
そして、ゆっくりと扉が開く。
中からは白のブラトップに、紺のつなぎの上部を腰で巻いた、煙草を咥えた女性が出てきた。
私に向けて嫌味たっぷりに紫煙をぶわっと吐き出した女性は口をへの字に曲げていた。
「脅しとはね……。入りな」
軽く手招きされたので私は遠慮なく入る。中を見て私は驚いた。その塔のワンフロアを丸々使った巨大な工房。
「んで、あんた誰」
「ラ、破戒律紋寮の1年、浅倉シオンと申します……!」
「ん。あたしは創造視紋寮の鉄床コタツ」
コタツさんはまた煙を私に吹きかける。威嚇のつもりなのかな。でもお祖父ちゃんがヘビースモーカーだったから、タバコの匂いはむしろ好きなのです。
ちょっとだけコタツさんに親近感や懐かしさを覚えつつふと疑問に思う。
「あの、何年生ですか?」
「聞く必要ある?」
「あ、いえ、興味本位で」
「14年生」
「え?」
「14年生」
「でも魔刃学園って7年制のがっこ──」
「14年生。そして14年制」
「あっはい……」
しばらく沈黙が続くと、気まずい空間が形成される……。
「コタツさん、お客さんすか?」
私がひゅっと上体をずらすと、向こう側に背丈が私と同じくらいのつなぎの男の子がいた。
「うっ、うぅううううう」
「はいはい、よしよし」
泣いちゃった背の高いコタツさんの頭を背伸びして撫でるつなぎの男の子。
「ごめんねー。コタツさん、7年留年してるからこの話題になると弱いんだよ」
平然と言う男の子。7年留年……???
「あ、そっか。創造視紋じゃないとわかんないすよね。うちの寮って調律師とか職人として優秀な人が多いんすけど、魔剣師としてはイマイチな人が多くて、卒業がチョー難しいんすよ」
「なるほど……。それで7年も……」
「でも、その分創造視紋出で調律師資格もった魔剣師になれば一生安泰すけどね」
「あなたも創造視紋?」
「そっすよ。創造視紋のことロプって呼ぶんすけど、ロプ2年生、火柱ガラスっす」
あっ、先輩だった。でもちっちゃくて親近感湧くなぁ。
「私はラタトスクの浅倉シオンです。よろしくお願いします!」
わんわん泣くコタツさんを落ち着かせながらガラス先輩は紅茶をいれてくれた。
「んで、今回はどんな要件?」
「ぐすん、ぐすん」
「えっと、戦闘外装のオーダー期限を忘れてて……」
「ありゃ。じゃあ採寸から何から終わってねーんすね」
「はい……」
でもいくら職人が多い寮とはいえ学生だし──やっぱり、こういうのは然るべきところに行った方がいいのかな。
などと少し考えた私を見てガラス先輩は笑った。
「心配すか?」
「あっ、違うんです! あっでも、違わないというか、すみません」
「いーんすいーんす。正直な人は歓迎です。ウチらは腕が総てですからね。口でなんぼ言っても意味ないんすよ」
そう言ったガラスさんだったが、ふっと立ち上がり、私の耳元に顔を寄せる。
「──でもね、コタツさん、伊達に7年間ここに籠ってないすよ」
そして、はっとして見上げると、鉄床コタツの目は私の身体に向いていた。
「身長154cm、体重54.2kg。プラマイコンマ4。胸はシンデレ──」
ぎゃー!!!!!!
「よっ、よろしくお願いしまぁあああす!!!!」
そして、コタツさんの口は閉じた。代わりに瞳が、職人のものへと変わり、口元が笑っている。
見ただけでビタビタに当ててきた……。どうやら、この人は本物らしい。
こうして、私のちょっと遅れた戦闘外装製作は始まった。
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