23 魔剣師の家の子
剣戟の音が響く、図書館地下8階。通称ファイトクラブでは八神ライザ先輩と神楽リオン先輩の決闘が行われていた。
神楽リオン先輩は魔力を使えない。にもかかわらず不倒門を突破した実力者だ(どうやったのかは未だに教えてくれない)。
一方、ライザ先輩も次期剣聖とも目される実力者。その強さはテミス騒動の時に目にした。一撃で24等級の来訪者を葬ったのだ。
そんなふたりだが、2人の間には明確な力量差がある。
いくらリオン先輩の技術が熟達しているとはいえ、指を弾いて千本の魔剣を召喚するライザ先輩には敵わない。
だが、その舞台で行われていたのは、両者全力全開の決闘だった。
見慣れた光景ではあったけど、やっぱりこの部活は異常だ。
魔力が使えないということは代謝加速が出来ないということ、それは怪我を自己治癒力によって治すことが出来ないということだ。
ライザ先輩とて、リオン先輩の事情は当然知っている。だが、リオン先輩に傷がつこうがお構い無しに7本の魔剣を浮遊操作し、斬りつけている。
『ん? ああ、手を抜けば死ぬから』
前にライザ先輩がそう言っていたのを思い出す。それが、魔剣師という仕事、そしてこのファイトクラブというものを表しているように思われた。
「(でも流石にあれは──)」
何本もの魔剣がゼロ距離加速でリオン先輩の隙を虎視眈々と狙っている。先輩は正義の構えで正々堂々立ち向かうが、飛んでくる一本一本が重い。
でも、驚いたことに、隙がない。ひと振りを退けたかと思えば、その隙を突いてきた魔剣をアクロバットで蹴り上げる。
当然空中で隙が生まれるが、その時にはリオン先輩は魔剣を跳ね返す準備が出来ている。
ライザ先輩とて無敵では無い。時間が経てば消耗もする。
リオン先輩はその機を待っていた。
ツーっとライザ先輩の首筋に汗が流れたその瞬間、一滴の汗に、僅かに気が逸れたその瞬間、リオン先輩の魔剣技が発動する。
魔力を使わない魔剣技。
「高潔な空白」
それは、圧倒的な練度の剣術。
飛んできた魔剣の切っ先に切っ先を丁度当て、相手側の力を使い、魔剣を切り裂く。
苦笑いを浮かべる暇も無いライザ先輩は次の刃を向けるが、全てが破壊される。
魔剣は千本まで出せる。だが、集中を頂点まで高めたリオン先輩ならば、その千本を全て破壊し尽くすだろう。
全てを空白に帰す魔剣殺しの業、高潔な空白。
一歩一歩、魔剣を破壊しながら近づくリオン先輩。
魔剣が壊せるのなら、肉の塊でしかない来訪者や人間も当然斬られる。
一瞬だけ瞑目し、その後の数秒間の展開を全て読み切ったライザ先輩は両手を挙げ、魔剣から力を抜いた。
ガランガランと魔剣が落ちる。
「7本も壊さなくて良いじゃん。イタリア製だよ?」
「イタリア製か。道理で斬りやすかったわけだ。有名無実の魂の無い魔剣」
高潔な空白を使ったあとのリオン先輩は性格や言葉までキレッキレになる。
この無敵タイムが切れるまではリオン先輩に近づかないのが、ファイトクラブの不文律。話しかけようものなら斬られる。
私はタオルとスクイズボトルを持ってライザ先輩の元へ向かった。
「おー、ありがとね〜。あちゃー、ダサいとこ見られちゃったな」
パイプ椅子に腰掛け水を飲み、タンクトップの中まで汗を拭くライザ先輩。
「いえ、今日の試合もとてもタメになりました」
「たとえば?」
「次期剣聖と言われていても負けることはあるんだなと」
「キレッキレじゃん……」
ぴえんと泣き真似をするライザ先輩。この人のこういうところにはもう慣れてきたのでスルーする。
「だけど、そのために見てた訳じゃないでしょ」
彼女の一言は正鵠を射ている。よく見てるなこの人は。
確かに、ただ先輩たちの試合を見ていた訳では無い。
「魔剣を浮遊させて操作する魔剣技の対策がしたくて」
ふうん、とニヤつくライザ先輩。
「思うに、東雲流抜刀術を使うツンデレちゃんのことかな?」
「ツンデ──。あっはい、そうです。知ってるんですか?」
「東雲家も東雲スズカ当人も、界隈ではそれなりに有名だからね」
前から断片的には聞いていたが、やっぱり、東雲さんや姫野の地元では魔剣が盛んで、ふたりはその家の子なのだ。
「東雲家は抜刀と魔剣操作──特に日本刀ね──を極めた東雲流の本家本元だよ。姫野家は代々その侍従」
だから姫野はお母さんみたいに世話焼きなんだ。心配だし、大切なんだ。
「ツンデレちゃんと喧嘩でもした?」
「……いえ。仲良くなったと私が勘違いして、心を閉ざされたって言う状況です」
「あのテミスの件か──」
先輩はふーっと息を吐き、パイプ椅子にもたれかかる。
「まあ、一般家庭の子に実力で及ばないかもしれないなんて、魔剣師の家の子だったらキツいのかもね。わたしもそうだし」
「でも、不刃流は偶然でしかないのに。実力は向こうの方が──」
「人間というのは思っているほど合理的じゃないんだよ。悲しいことにね」
この力は偶然だ。そんなこと、言われずとも、あの場で見ていた東雲さんならわかるはずだ。
それでも、もしかしたらそれが生来のものであるかもしれない。その可能性をどうしたって捨てきれないのかもしれない。
「で、なんだっけ。浮遊剣術の対策か」
「はい。……私、あの子に勝ちたいんです」
「君が今からリオン程の練度を手に入れるのは時間的に不可能。かと言って、迎撃が得意な訳でもない、か」
「ちょこまかと動くのは得意です」
「うん、ネズミみたいだもんね」
あっ、なんかやだそれ!
「東雲流抜刀術は一撃目がともかく強力なんだ。速度、威力、共に一級品。あの一撃に関してはリオンでも斬れないだろうね」
「なら、狙うは魔剣が主人の元に戻るまでの時間──」
「そう。だけど、その時間が隙だなんて、当人が一番理解してるだろうね」
「そのあとは魔剣が帰還して、主人の周りをまわる」
「そこに至れば、今度は防御性能が跳ね上がる。オートカウンターシステムだと思ったらわかりやすいかな。迎撃の構えを洗練した形だよ」
聞けば聞くほど東雲さんの魔剣技には隙がない。
「ライザ先輩なら、どうされたら嫌ですか?」
「んー、魔剣の操作って結構集中力要るんだよね。3次元空間の座標を常に頭の中で計算してる感じ」
そう言ってから彼女はすっと立ち上がる。
「そしてわたしが言えるのはここまで」
「え?」
先輩は舞台に戻り、まだギラついて鋭い目線のリオン先輩と相対した。
「私は釣り方を教えるのが好きなんだ。魚は自分で取りな」
ニカッと笑った先輩は手を一度叩いて13本の魔剣を同時に展開する。
釣り方、か──。
リオン先輩は浮遊して操作される魔剣を、真っ向からのぶつかり合いによって解決した。浮遊し速度を上げた魔剣の軌道を変えるのには集中力がいると知っているから。
集中力を崩すことが出来れば、その操作を乱せる?
ならどうやって? 難しい問題だ。
でも、私は割と燃えていた。
私が唯一誇れるのは、人よりも考えられることだ。私は生まれつき勉強が好きなんだ。
ならこの問題も、きっと解けるよ。
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