22 宵の図書館
「浅倉って素人美人だよな」
「ん?」
うんうんとうなりながら頭をぐりぐり回すナズナとアレンはイオリに任せ、私と姫野は夜食の買い出しをすることになった。
近くのコンビニでは生鮮野菜も売っているので姫野が適当にこさえるらしい。
「もしかして私今、口説かれてる?」
「ちげーよ。一般論だ一般論」
知ってる。君はナズナが好きだもんね。……胸しか見てないすけべ。
「こう、なんつーか。芸能美人っているじゃん。ああ、生きる世界ちげーなってなるようなさ」
「イオリとかまさにそうだよね。どんなスキンケアしたらあんなに透明もちもちの肌が生まれるんだ」
「普段の行いだろ」
ぎゃーす! と間抜けな悲鳴をあげるくらいの強さでスネを蹴り飛ばした。
「……んで、浅倉の場合は『クラスでは目立たないけどオレだけが知ってる美人な子』ってイメージ」
「それはどうも。褒めても何も出ないけど、やっぱり口説かれてる?」
「口説いてねーよ。……いや、今なんでそういうこと話したかと言うとさ」
「はい」
「お前って、……こう、変なんだよ!」
「はぁ?」
顔に手を当ててん〜と考える姫野。
「最初の印象は『入学したてで剣聖目指すとか言ってるヤベー奴』だったわけよ」
「まあ、異論は無いね」
「でさ、初授業でもっとヤベー奴だってわかって」
「いや、言うほどじゃ──」
太ももに魔剣をぶっ刺す。
トランス状態になってぶっ倒れる。
同期にカスって言って頭突きする。
うん、スリーアウトだね。
「そんな感じで、はじめは関わらんとこって思ってたんだわ」
「今はこんなラフに話せるのにね」
「そう。それがまさに気になった。噛めば噛むほどって奴なんだよ浅倉は」
なるほど。他人からどう見えているかとか考えたことなかったもんなぁ。
中学の時はどうせ陰キャちゃんとか呼ばれてるんだろなって思ってた。
「ぼーっとしたトロくさいやつかと思ったらさ、誰より燃え盛ったアツい奴だし」
「なんかはずいんですけど」
姫野は月光に照らされ、その影は微笑んでいた。
「そんなちぐはぐなお前だったら、あの鋼鉄みてーなスズカの、その鋼鉄をぶち破れる気がする」
「──……買い被りすぎだよ」
「学長のなんでも叶えてもらえる権利、勝ち取って捨てるって宣言した時、お前がスズカのこと見てて、オレ、嬉しかったんだよ」
こいつ、ほんと幼馴染思いなヤツだな。思いというか重い。でも、良いヤツ。
「スズカには15年間、オレ以外の友達が居たことがない」
私はピタリと足を止めた。
その横顔が、どこか助けを求めるような、そんな顔に見えた。
「魔剣師はさ、いつ死んでもおかしくないだろ? あいつに、孤独に死んで欲しくないんだ。オレのエゴなんだけど──」
私はもう一度姫野のスネを蹴った。
「いてっ。なんだよ」
「それは、良いエゴだと思うよ」
私は柄になく姫野に向けて真剣な顔を向けていた。
「今あいつ、図書館で勉強してると思う。寮が騒がしい時、あいつあそこに居るから。地上階の自習室。24時間のとこ」
「うん。ナズナの数学と、アレンの算数任せていい?」
「おう、夜食もまかせろ。そっちは、任せる」
私は姫野と目線でやり取りして、来た道を引き返す。
今何ができるかそれを考えながら。
***
夜の図書館は酷く静かだった。それも当然で、普通人の出入りはないからだ。24時間で運営しているとはいえ警備は万全にしてあり、貴重な書籍、資料のある地下階は厳重にロックがかけられている。
私は薄明かりに切り替えられたライトの心もとない明かりを頼りに地上階の外壁側に設置されたテーブルに向かって歩いた。
自習室というより、自習テーブルだ。だけど図書館自体が静寂に包まれているので、そう言っても差支えは無い。
カリカリ、カリカリ。
その時、プルルルルルと着信音とバイブレーションが鳴った。心臓がまろび出るかと思ったけど、それは東雲さんのスマホだった。
その相手を見ると少し固まって、また真顔に戻り、それでもやや緊張しているような表情で、通話ボタンを押した。
良いのか悪いのか、スピーカーモードになっていて、その声はこちらにも聞こえる。東雲さんは通話しながらも勉強を続けた。
『スズカ』
「……はい、兄さん」
『夜遅くだが、電源が入っているのをこちらで確認した。良からぬことをしてはいないか』
「はい。勉強をしていました」
なんだそれ、監視? それにしてはやりすぎだ。過保護どころか、そんなのもう──。
『定期考査、首位を取ってリヴァイアサンに編入する件だが、手続きはこちらで進めておく』
「──はい」
首位を取ることは前提なんだ。ちょっとムカつくなぁ。でもそれは東雲さんの意思であるようには見えなかった。
どう見たって、重い枷だ。
『お前の兄達は皆リヴァイアサンを卒業してシージとなった。ラタトスクなどというゴミ溜めに落ちたお前が、上がってくるのを期待している』
剣聖を支える精鋭部隊、円卓騎士。エリート中のエリートが行く場所だ。
東雲さんの考え方は、きっとその焦燥から来ているんだ。
私は悔しかった。ラタトスクが悪く言われたのもそうだったけど、東雲さんの自由意志が奪われている現状が、悔しくてならなかった。
『本戦はシージの先輩方と観に行く。有望な人材を見定めにゆくのだ。くれぐれも恥をかかせるなよ』
「はい。わかりま──」
ツーツーツー。
東雲さんが言い終わる前に通話は終わった。
私は彼女が泣くと思った。そんな辛く苦しい環境にいてなお、普通でいられるわけない。
でも、彼女は暗い顔にはなったが平常を保った。それが彼女なりの抵抗なのか、もしくは諦念なのかは分からなかったけれど。
私はしばらくしてから彼女の元へ歩いていった。東雲さんは私に気がついたが、その場で振り向くことはなかった。
「東雲さん」
返事は無い。
「私、やっぱりあなたに勝つよ」
そこで東雲さんの筆が止んだ。
「……なにいきなり。喧嘩売ってんの?」
怒った。でも無視よりはマシだ。
「努力ができて、友達もいて──特別な力もあって、容姿も良くて。……そんなこと宣言して、物語の主人公にでもなったつもり?」
容姿が良くて!?
今結構辛辣なこと言われた気がするけど見た目を褒められて吹き飛んじゃった。
今日はなんだか褒められてばっかりだ。
でも、それはさて置かないといけない。
「私は物語の主人公じゃないけど、自分の人生の主人公だとはいつも思ってる」
「レトリックで誤魔化さないで」
「それでもやっぱり私は特別なんかじゃない。ただ人より頑張れるだけだよ、だから──」
「それが普通じゃないって言ってんの」
東雲さんは静かに振り返った。
「努力をしても報われない人間は、なら、どうすればいいってわけ?」
──っ。
なにか返そうと言葉を探したけれど、探した先には何も無かった。
天窓から入る淡い月光は私を照らしたが、東雲さんを照らすのは手元の卓上ライトだけだった。
今の私の言葉じゃ、その鋼鉄は破れない。
勝つんだ。勝って、今のその思考の泥沼から引き上げる。猫好きな東雲さんの顔を取り戻す。──必ず。
定期考査まで、あと7日。
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