21 勉強しないとやばい
21時、鐘の音が寮内に響くと、以降の30分間は自主学習時間となり私室から出ることが出来なくなる。
そのルールだけは学園で統一されているらしく、関東でトップクラスの成績を誇る学校なだけあるなと思った。
私は勉強がむしろ好きなほうなのでそういう時間を確保してもらえるのはありがたい。今もイオリと背を向けあって勉強机に集中している──。
コンコン。
思わなかった音にイオリもひゅっと驚いたようで、ふたり振り向き目を合わせ、どうぞと声をかける。
すると、扉が控えめな感じで開き、その隙間から目をうるうるとさせたナズナが顔を出した。
「どうしたの……? 自習中に抜け出したら罰当番だよ?」
「じっでる〜……」
そんなことは承知の上で会いに来たとのこと。
「ナズナ、手に持ってるそれ」
イオリが柔らかい声で言うと、それは数学のテキストだった。
「もしかして、わかんない?」
「ん」
もう絶望的なのか、返事が「ん」しか言えなくなってる。かわいいけど、残念な子だ。
そういえば赤点で留年候補って眼帯先生が言った時、アレンとナズナ死んでたなぁ。
アレンが勉強できないのは周知の事実として、ナズナもかぁ。
「べんぎょう、おぢえで、ぐらさい」
私はティッシュを数枚取ると彼女の元へ向かい鼻に当てる。ちーんとかんだ彼女は少し落ち着いた。
「いいよ。いつもお世話になってるし」
「あじがどう」
「そうだ。シオン、みんなまとめて勉強会をしたらどう?」
イオリがそう言うと、私は震えた。勉強会……だと……?
勉強会って、あれか? 漫画でよく見る、仲良しグループで集まって、勉強のできない元気っ子のために開くあれか? 放課後サイゼリヤに行って、ドリンクバーとミラノ風ドリアとか頼んじゃって。最初は勉強頑張るんだけど、ちょっと疲れてきちゃって、誰かが辛味チキン頼んじゃったんで、盛り上がっちゃって、勉強そっちのけでガールズトークとかしちゃって、二次会はカラオケに行ってフェスで盛り上がる曲を歌うっていう、あの勉強会か!?
しまった、勉強会という単語に幻想を抱きすぎて妙にリアルな概念が浮き出てきてしまった……。
まあ、そういう漫画的な展開がなくとも、勉強会はあっていいかもしれない。この機にアレンとナズナに恩返ししよう。
そしてまだうるうるしているナズナに向けてオッケーサインを送る。
「やった〜!」
「で、どこのサイゼリヤ行く?」
「えっ?」
「えっ?」
あ、そうだよね、談話室があるよね……。あそこ大きい机もあるもんね……。サイゼリヤへの幻想が強すぎた……。
「じゃあ自由時間になったら談話室集合ね。みんなにはメッセージ入れておくよ」
「うん! お菓子持ってくね」
私以上に浮かれてる奴がいた。
バタンと帰っていったナズナをみて、イオリがくすくす笑う。
「どしたの?」
「シオンってほんとう面倒見がいいよねぇ」
「そうかな。その分みんなからも貰ってるし」
「──みんなが、そんな考えをしてたらいいのにね」
少し気になる言い方をしたイオリだったが、すぐに机へ向き直り、またカリカリと勉強を始めた。
イオリはいつも一歩先を見つめている、どうもそんな気がする。
けれどそういう謎めいたところが私は結構好きだったりする。いつか彼女が抱えている何かを話してくれるその日まで、私はカリカリと勉強を続ける。
***
イオリと一緒に螺旋階段を降りていくと、談話室には既に皆が揃っていた。
ただ、皆とはいえ東雲さんはそこにはいなかった。
「よし、じゃあやろうか」
談話室の端っこに追いやられていたホワイトボードを転がしてくる。ペンを確認するとまだ書けそうだ。
「で、皆は何が苦手なの?」
「あたしは数学!!! 数学がダメなの!!」
「わかった。これ、ノートまとめてきたからどうぞ」
「うっわ! なにこれ見やすいっ!!」
「こっちは小テスト。実力を見たいから」
「ガ、ガチだ……」
自分としても少々ガチだなとは思いつつ、人の将来に関わるのだからちゃんとやろうという気持ちが、サイゼリヤへの渇望を跳ね除けたのだ。
「アレンは?」
「逆に問う。俺に苦手じゃない分野があるとでも思ったか」
だっせぇ決めゼリフ……。
「はいはい、全部苦手なのね。はい、これ、テスト範囲の仮テスト」
「お前は……すごいな──」
そんな神妙なセリフこんなとこで使うな!
「姫野は?」
後ろの方で購買で人気なポテトチップスをパクパク食べている姫野は振り返る。
「浅倉お前、オレのことバカだと思ってんだろ」
「え、違うの?」
「てめー! どいつもこいつも! オレこれでもマガク模試3位だからな!」
「あ、東雲さんよりは下なんだ」
「あー! 絶対言っちゃいけねぇこと言ったな浅倉てめー!」
ポカスカポカスカと喧嘩をする。ゼェハァゼェハァふたり疲弊していると、ソファであくびしていたイオリがくすくす笑う。
「なんだぁ藤堂? 今日も美人だなぁ」
今関係ないだろ。美人だけど。
「勉強できても、ふたりともおバカだね」
グサッ、グサッ──。無事2名死亡。
と、そんなこともあったが、特に騒ぎすぎることも無く、それでも適度に休息を入れて、私の初めての勉強会は過ぎていった。こういう時間は好きだ。楽しいな。
……でも、ひとり足りない。
だから、定期考査で東雲さんを倒して、そして思いを伝える。
ちゃんと勝って、視界に入ってから。この思いをぶつけるんだ。
友達になりたい──って。
「あぐー……お腹すいたな〜」
暖炉上にある時計を見ると時刻は既に深夜2時を回っていた。
決められた学習時間や厳しい校則はあるものの、ある程度は学生の自由意志を尊重している学校であるため、夜更かしに関しては縛りがない(ただし授業中に寝ているとしばかれる)。
「シオン、俺はパンが食べたい」
「私は寝たい」
アレンの提案を真っ向から否定。だって、彼が今奮闘しているのは通分なのだ。中学生の領域に入るのはいつになるやら……。
おバカさんたちの勉強を見守りつつ、私はクラスの男子とぼーっとテレビを見ていた。
「キューブリックって、すごいんだけど、眠くなるんだよな」
「わかる」
ワシントン鎖国条約の下では国境を越える人間の移動は制限されているが、カルチャーに関してはその限りではない(インターネットの制限は割と厳しい)。
他国に関しての状況はそれこそ本や映画でしか知らないけれど、この寮にあるのはもっぱら古い映画なので、今はスタンリー・キューブリックを観ている。
この隣のメガネ男子はナズナとよく映画の話をしている映画仲間らしい。
前に聞いたナズナの趣味は映画鑑賞との事なので、隣で映画を観ている環境は割と拷問に近いかもしれない……。
「でも綾織さんにはそんくらいしないと……あの人、授業中にスマホでターミネーター2観てたんだぜ……」
「ななな、なんで知ってるの!?」
「いや、席が前後だから見えるんだよ……」
「ううっ!」
牧野コウタは魔刃学園では稀に見る真っ当な人間である。
趣味は読書と映画、一般家庭出身、将来の夢は地方魔剣師。平々凡々。
ただ、普段から濃厚とんこつラーメンみたいな人達と一緒にいると、牧野君みたいな塩ラーメンがちょうどよくなる。
「今俺のこと平々凡々って思った?」
「思った」
「俺も浅倉さんのことそう思ってる」
「知ってる」
私に変な期待を抱かない分、楽であるというのもある。なんで破戒律紋なんだろう。
「俺、生まれつき何もかもが平均値だからさ、ここに入ればなんか変わるかなって思ったんだ」
「ごめんやっぱ変なやつだわ」
互いに鼻で笑い合う。
そこに、ポップコーン作って持ってくる姫野。
「よぉ〜、牧野〜、眠いからラグビーボールでサッカーしようぜ〜!」
ふたりは思った。「コイツよりはマトモだけど」と。
「ちょっと面白そう」と思っていただけましたら……!
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