20 終わりのない衝動
テミス騒動の後始末はこうなった。
まず、あの個体は5年前に出現した来訪者と同一の存在、純情女王の眷属であるテミスであることが発表された。
来訪者の危険度を表す指標、危機等級では24等級と示されたが、あの場に向かった学生のひとり、八神ライザによって迅速かつ適切に処分されたと公表された。
後に眼帯先生から聞いたのは、あまりに私にかかる不確定要素が多いので、秘匿した方が安全であるとの幼女学長判断があったそうだ。
私としてもそれはありがたいことだったが、同時に、そんな不安因子である私が学園で学び続けてもいいのかという不安も残った。
しかし、眼帯先生はこう続けた。
「教師は学生を守り、導くのが仕事だ。排斥することじゃない」
その言葉で私は、ここにいて良いんだという安心と共に、この正体不明の力について、明らかにしたいと思うようになった。
翌々日の授業終わり──。
「以上で今日の講義を終わる。明日は概論Ⅰの小分野8から始めるので、そのつもりでいる様に。加えて告知を行う?」
「告知?」
方々から疑問符。先生は静かになるのを待って続ける。
「来月末、春期定期考査が実施される。1学期の総決算だ」
来た。乙女カルラは私に向かって「出るな」と言った。それだけで、定期考査がただの筆記テストじゃないってことはわかる。
東雲さんは手を抜かないって言ってたし──。
「口ぶりから察する者も居ると思うが、本校の定期考査は一般高校のそれとはまるで性質が違う」
「実技があるってことすか~?」
「そうだ。今から日程を伝える。各自メモをとれ」
みんなが筆記用具を取り出す。
「まず、魔刃学園の定期考査は1週間かけて行われる。月曜と火曜、1日目と2日目は筆記試験だ。これは普通科の高校が行っているようなものだ。今回は国語総合、世界史D、数学総合、魔剣概論Ⅰ、魔学基礎、科学総合の計6科。一日3科ずつだ。質問あるか?」
「はい。赤点ラインはありますか?」
「50点未満を赤点とし、留年対象リストに加える」
どさどさっ……。折紙アレンと綾織ナズナが死ぬ音がした。
「水曜と木曜に実技試験の予備試験を行う」
「予備?」
「簡単に言えば予選だ。予選の内容は予め伝えておくと決まっているから告知する。──本実技試験においては模擬魔剣を用いる。不死鳥紋寮、巨虚鯨紋寮、創造視紋寮、破戒律紋寮、総勢50人で行う勝ち残り形式の戦いだ」
「せんせー、それって、乱戦ってこと?」
「その認識で合っている。そして、2日かけて行う予備試験を生き残った者だけが本選に進む」
「それ、予備で落ちた人の点数ってどうなるんですか?」
「実技に関しては1年生では赤点を設けていない。上級生にはあるが、今は気にしなくていい。──本戦はトーナメント形式の個人戦。そして本選に上がり、最高得点を受けとった者には……」
全員が唾を飲んだ。
「幼女学長がなんでもいっこ願いを叶えてくれる権利が与えられる」
「なんでも、だと」
「今なんでもって……」
バカな男子……。
しかし、男子に交じってひとり冷静な顔をした少女がいた。東雲スズカはすっと手を挙げる。
「どうした」
「その権利を使えば、巨虚鯨紋寮への編入はできますか?」
シンと静まり返る教室。眼帯先生は淡々と「可能だ」とだけ答えた。
「ありがとうございます」
東雲さんが何を思って、そう言ったのかはわからなかった。わからないのだ。私は彼女の生い立ちも、人生も、心の内も、本音も、何も知らない。
ただ、その言葉が、どこか牽制であるようにも思えて、私はお風呂でのこともあり、寂しい気持ちが胸の内に湧いた。
「先生」
すっと手を挙げるもうひとり。それはアレンだった。
酷く真剣な顔だった。そんな顔、いままで見たことがない。やっぱり、かける思いが違うのだろうか。
「なんだ」
「その権利を使えば、赤点を無効にできるか?」
バカだ……。
「学長次第だが、そう言った例がないこともない」
そう、ここは実力至上主義の学校。それも、何らおかしいことではないのだ。
ふっと勝ち誇ったように微笑んだアレンは着席する。
「──先生」
次に手を挙げたのは姫野だった。なに? 流行ってんの?
「なんだ」
「その権利を使えば、……揉めますか?」
「退学になりたいか」
「すみませんごめんなさい」
こっちはもっとバカだった。
でも、そのおかげで東雲さんが作った空気が少しだけいい方向に変わった気がした。
それでもなお、その表情は曇っていたが。
みんなのしたいことを聞いて、ふと思った。
私なら、その権利に何を望むだろう。
富、名声、人望──。どれもしっくりこない。
視界にある、暗い表情をしたその少女のことが気になってしまったからなのかもしれない。
私は、人を守るためにここにいる。
守るという行為は受動だ。でも、能動的に誰かを守れるような、──救えるような人になれたのなら。
それはきっと、すごいことだ。
人を救うのは簡単じゃない。
でも、簡単じゃないだけでできないわけじゃない。
「なんだ、浅倉」
気づけば私は手を挙げていた。
「その権利を使えば、その権利を放棄することはできますか?」
視界の端で東雲さんがぎょっとした顔をする。どころか教室の全員が動揺した。
「それはよく知らん。優勝して、自分で確かめろ」
「はい、ありがとうございます」
着席した私を振り返り鋭く凍てついた視線を向ける東雲さん。
これは私の宣戦布告だ。東雲さんへの、宣戦布告。
……ごめん、私も初心を忘れてたよ。
私には憧れがある。
あなたと同じようなものかは知らないけど──。
決して譲れないものがある。
ここであなたに勝つ。
こんなところで負けてはいられないんだ。
あの門をくぐって、私は少しだけ変われた。
この寮に入って、私はたくさん変われた。
この日々を過ごして、私は過去の自分を抱きしめられるようになった。
純粋に、強くなりたいと思えるようになった。
その足跡を、かき消したりなんて、誰にもさせないよ。それは、誰が欠けてもダメなんだ。
みんなが私を変えてくれた。
破戒律紋寮だから、私は変われた。
心の中で、タンッと一歩を踏み出す。
私は、剣聖になる。破戒律紋寮から出る、初めての剣聖に。
成長と決意は実感した途端に身体に染み込んで、重い意志となった。今はその重さが心地いい。
東雲スズカを定期試験で倒す。
その目標が、私の胸に深く刻まれた。
***
「で、試験は不刃流で出るの?」
放課後、ファイトクラブでのこと。神楽リオン先輩はストレッチをしながらそう私に訊いた。私は背中を押して補助をしている。
「いえ。不刃流が使えると言ってもあの一度切りですし、不刃流で勝ってもそれは借り物だから、きっと意味がないんです」
周囲には言っていないが、トレーナーであるリオン先輩には伝えておくべきだと思って、伝えてある。
「せっかく能力があるのに伸ばさないのはもったいないとは思うけど、大きい力には代償が伴うから、賢明とも言えるか」
「それに、魔力よりも大事なことがあると教わったので」
「そうだね。それを教えた奴はマトモな奴だ」
リオン先輩がいつも言ってるのに。
そう思いながらふたり顔を合わせ笑う。
「じゃあ、今日から地稽古をやろうか」
「地稽古?」
「スパーリングだよ。さ、舞台に上がりな」
「はい!」
掛かり稽古ばかりだった今までと違い、戦える!
それが嬉しくて、私はすぐにストレッチを終えて舞台に上がる。
見下ろす景色、触る魔剣。
あの感覚を思い出せ。魔剣なしでやれたんだ。魔剣があるならもっとできるだろ!
集中して、心を研ぎ澄ませ。拍動がうるさい位に静まれ。
「はじめっ!」
そして私は神楽リオンの胸に飛び込んでいった。
試行錯誤中のそれを、ぶつける為に。
これが私の魔剣技──。
「終わりのない衝動ッ!!!!」
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