170 荒野を歩く
荒野に高音の、オーロラのような可視化された歌が響いた。その歌は私の声ではあったが、愛を伝えるささやきでもあり、私の中に眠る感情総てが、讃美歌のようにそれを歌った。綺麗な感情、汚い感情、苦しい感情、恋のような感情。そこに優劣はない。ただ想うという行為が、ひたすらに美しく、尊いのだ。
千里行黒龍は彼岸の存在であり、そこに住まう十三獣王や、悪魔、来訪者には感情が無いとされている。感情がないからこそ人間を羨むのだと、そう言われてきた。
千里行黒龍はそれを根から否定していた。感情などという脆弱なものは必要ないと。だから彼女はそもそも支配など視野にはなかった。でも、感情の濁流を食らって、存在が心地よく蒸発しゆくその間隙に、千里行黒龍は思った。もっと早くこの感情というものを知れていたのなら、我は人間界を支配しようとしていただろうなと。
その攻撃は、攻撃なのかすらもわからなかった。蓄積された人間の感情を歌にコンバートしたそれは果たして、攻撃と言って良いのか。私にはそれは判別しかねることだった。結果としてミーちゃんは消滅した。だから攻撃なのかもしれない。でも私はこの歌を、攻撃とは言いたくなかった。私は彼女が消えてなお歌い続け、それが、きっと鎮魂歌なのではないだろうかと思うようになった。
「千里行黒龍を倒すとは、いやはや参ったね」
パーカーの女性は私の前で飄々と言った。誰だろうと一瞬思ったがすぐに理解した。彼女は先代の剣聖、降神マユラだ。私の中で眠り、そして千里行黒龍を鎖として閉じ込めていた人。閉じ込めるものが無くなったから具現化したのかもしれない。
「剣聖とは誰かに認められてなるものじゃない。自分自身がそうなると決めた時に、なれるものなんだ」
改めて自分の姿を見て、ちょっと恥ずかしくなる。その戦闘外装は、ちょっとウェディングドレスにも見えるのだ。
「あう……」
「や、でも似合ってるよ。君、顔が良いもん。スタイルもね」
そんなことで褒められるとなんかむず痒い……。自分に自信なかったからな。でも今の私はもう自分を愛せるんだ。ちょっとくらいナルシでもいいよね。
「浅倉シオン。この荒野を行きなさい」
「え?」
唐突にそう言った彼女は、真剣な顔をしていた。そして、彼女がつま先から消えていっていることに気が付く。
「アレンが堕ちた暗黒は《冷帝》のもとだ。辿り着かなければならない。そして綾織ナズナは虚構剣の中に眠る。虚構剣に『本物』を捧げて供物となった人間を起こすには、代わりの本物を用意する必要がある。それは世界に散らばった王庭十二剣を全て集めることだ」
「──虚構を、本当にするんですね」
「君は聡いね。嫁に欲しいくらいだ」
少し照れる。
「長い旅路になると思うが、大丈夫かい」
「ええ。永遠には慣れてるので」
降神マユラは「ははっ」と快活に笑って消滅した。
そして私は荒野を歩き出す。ROOT-1999の跡地、この荒野を。
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