16 鎖少女の夢を観ない
最近、同じ夢を観る。
私がどこか、長い長い廊下を歩いていて、その先には図書館がある。
置かれている本は革張りの古いものばかりなのに、そこはどこか新鮮な匂いがする。
魔刃学園の図書館のような古い匂いも好きだけれど、ここの、新品の匂いも好きだ。
しばらく歩いていると、自分が裸足なのと純白なワンピースを着ていることに気がつく。
私は何となく防御力に欠く気がしてワンピースを着ないけれど、そこではどこかそれが普通なような気がした。
夢というのは往々にしてそうなのだから、変な話でもないけれど。
「お主、また来たのか」
積み上がった本の山の頂上に、私とは正反対な、漆黒のドレスをきた少女がいる。日本人形のような髪に、「酷く」と形容できるほど白い肌。漫画やアニメの中でしか見ない話し方。
そして、最も目を引くのは腕と足をつないでいる鈍色の鎖だった。
その子は何もかもが不思議だったけれど、そこではそれが当たり前な気がしていた。
夢だからだろうか。
「夢とは往々にしてそうである。じゃが、お主はそうやって自分を騙すのが上手いのう」
彼女はかかかっと笑ってみせる。
その日、何が特別だったのかは分からないけれど、私は意思を持って口を開いた。
「あなたは誰?」
すると少し眉を上げた少女は脚を組んでこちらの目を見つめた。鎖が揺れる。
「ようやっと気づいたのう」
この空間では、どうやら彼女の方が立場が上だというのは、何となく分かっていた。だから、彼女が名乗らないのであれば追求する気もなかった。
「そう不安そうにするな。我はただの概念じゃ」
「概念?」
「そう。旅立ち、超え、解き放たれ、そして閉ざされた者」
わっかんねぇ〜……。
「お主の敵では無いよ。もう」
もう?
それが少し気になったけれど、敵でないというのなら敵でないのだろう。
仮に敵でも、私にどうすることも出来ない。
私には人を守るという強い意志はあっても、敵と戦うという意志はそんなにない。
最終的に誰かを守ることにつながるのなら、当然動くけれど、そうでないなら──。
「それが問題じゃな」
え?
「なげやり過ぎる。お主は己の身体を雑に扱う。あの娘のように、親御が泣くだとか言うつもりはないが、自分の価値を考えておらん」
「自分の価値」
「では簡単な話をしよう」
少女はどこか訳知り顔で言う。
「お主はその身体を、我にいくらで売る?」
そこで記憶は途絶している。
***
「来訪者の目的は未だに分かっていない。確かに我々にとって脅威ではあるが、奴らは積極的に人を殺したりはしない。言葉も意思も持たない害獣──その規模が大きすぎるだけだ。害意が無いとはいえ被害は出る。それを最小限に抑えるのが我々──浅倉、俺の授業で寝るとは度胸があるな」
ぼんやりと聞こえた声にふと顔をあげると、クラスメイトが皆こちらを見ていた。
ずるっと垂れていたヨダレを拭く。
ん?
「浅倉、罰当番3日」
ぎゃ!!!!!
おかしいな……授業で寝たことなんてなかったのに……。アレンのこと言えないや。
と、私がクラスメイトの苦笑いを受け取った辺りで、ちょうどチャイムが鳴った。お昼休みだ。
「学校にも慣れてきて、少々たるんでいる奴がいるから午後は持久走と基礎剣術の組手を50セット」
クラスからええ〜っ!! と嘆きの声が上がる。
なんだその活の入れ方。ほんと脳筋だなぁ。
しかし戸を開けてその教室に姿を現したのは養護教諭だった。
「どうした」
「眼帯! 家庭用小型飛竜の鎖が外れとって逃げたわ!」
「ドラゴンの実習……3年か。わかった。飛空魔剣の免許があるやつに全員声かける」
「よろしく! 眼帯もはよ来て!」
「わかった。──今のを聞いていたと思うが、午後は休校とする。自習でもなんでも好きにしろ。以上」
そういった不吉なヒッピーこと眼帯先生は養護教諭と共にドラゴンの回収作業に向かった。
ちなみに家庭用小型飛竜というのは特異点の向こう側から来た来訪者の中でも穏やかな性格をしたドラゴンを調教したものである。祖父が乗り回しているアレ。
教室に取り残された面々はしんと静まり返ったあと、「……」と一息置いて、狂喜乱舞飛び跳ねた。
ここのところ皆部活動で忙しく、土日休みなどあってないようなものだったのだ。
3年生以上の上級生はみな駆り出されているし、完全なるフリー。
これは私とて喜ばざるを得ない!!
そんな私のところに綾織さんが、さながら大型犬の如く走ってくる。そうそう、この子大型犬っぽい。全部でかいし。
「ね! せっかくの半休だし、イーストパーク行ってみない??」
「イーストパーク?」
綾織さんは制服のポッケからスマホを取り出して、魔刃学園のHPにアクセスすると、敷地内マップを広げた。
そこには南東の角に、一般に開放された大型商業区画「イーストパーク」の文字がある。
ここの敷地色々あるとは思ってたけどショッピングモールもあるんだ。
「なんか魔刃学園の地域貢献の一環なんだって。ここならわりかし楽しめそうじゃない?」
「確かに。どれどれ……。えっ、砥石専門店あるじゃん……。天然砥も取り扱ってる……?」
「洋服通りには目もくれなかったね……」
すると、珍しく後ろの席から東雲さんが声をかけてきた。
「ねえ、イーストパークに行くならアタシも行っていい?」
「もちろんだよ!! いこ!」
「珍しいね。何か用事があったり?」
「え、いや、その」
またもや珍しく口ごもる東雲さん。
「……ップがあるから」
「?」
「ペットショップが、あるか、ら……」
ほう。
「動物好きなの?」
「猫とか。好きだし」
なんだコイツ可愛すぎるだろ。
やはり東雲スズカ、推せる。
「でもその、方向音痴で……まだたどり着けてなくて」
重度すぎる。
「うん、じゃあ一緒に行こうか」
「やったー!! 3人でデートだね!!」
綾織さんがそんなことをバカでかい声で言うので、クラスの男子たちがにわかにざわつき、「お、オレも行こっかな〜」とか「新作映画あるもんな〜」とか言い出した。
あ、はい、全員来るやつね。はい。
***
敷地内を巡回していたトラムに乗って、私たちは寮からおよそ真南に位置するイーストパークへと向かった。
皆それぞれ寮でぐだついている時の部屋着は見たことあるけど、外着を見るのは初めてだったので少し新鮮な気持ち。
綾織さんはピンクのショートヘアをお団子に結んで、薄桃色のワンピースにカーディガンを羽織っている。かわいい。
東雲さんはパンツスタイルで、少しだけ暑くなってきたので、二の腕を出している。かっこかわいい。
イオリはこういうことに興味無いのかと思いきや、本屋に用事があるようで、私の隣で楽しそうにしている。白のオーバーオールが浅葱色のショートヘアに似合ってて可愛い。
姫野のオシャレ着はどうでもいいのでカット。
アレンは制服である。味気ない!!
その他ラタトスク生もめいめい好きな服を着ている。流れでこの会のまとめ役みたいな感じになったこともあり、今まで話したことがなかったラタトスク生とも話すことが出来た。
初めは変人奇人の集まる場所、最終処分場だとか、剣聖が出ていないだとか、そういったことを聞いて、ここに居るのが嫌だった。
でも、今思えば、それは間違いだとわかる。レッテルは、レッテルでしかない。私は女だから魔剣師には向かないと両親が言ったのがきっと間違いだったように、ラタトスクだから駄目だというのは間違いだ。
見るべきは今だ。過去でも未来でもなく、今何がここにあるか。
そこに思い至って、ようやく私は、過去の私を抱きしめてあげられた気がした。
あなたにも友達ができるよ。もし過去に手紙を送ることが出来るのなら、そう言ってあげたい。
でも、きっとその私もいつかここにたどり着くから、今は内緒でもいいのかもしれない。
トラムはラタトスク生達を乗せて、気持ちいい風を流しながら、がたごと揺れて、イーストパークへと向かっていた。
「ちょっと面白そう」と思っていただけましたら……!
──下にある☆☆☆☆☆からご評価頂けますと嬉しいです(*^-^*)
毎日投稿もしていますので、ブックマークでの応援がとても励みになります!




