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167 すべてがFになる

 そう言われて私ははっとした。


 永遠を経て、自らが変容しているのは感じていた。私には空白(ブランク)がある。なんでも吸収するスポンジのように、私は、なんでも自分のものにしてしまう。


 なぜ折紙アレンが箱庭で零式を習得してなお無限式を使ったのか。それは、零式があまりに危険であることを理解していたからだ。


 これを使えば人には戻れなくなると、知っていたから。


 降神オリガは降神マユラの伝言をなんて言った? そうだ、零式を習得するには自分を愛することが必要だと言った。私はわからないからそれを無視した。自分なりの零式を生み出した。


 ミーちゃんは私に、悪魔を越える魔王となれと言った。当時は、それが正しくて、《冷帝》を倒すにはそれしかないと思っていた。


 でもなんでだろう。違う気がする。私はこんなことがしたかったんじゃない。剣聖パラディンになりたかった。でも、それすらも違う。肩書なんてどうでもいい。大切な人も、大切でない人でも、憎たらしい人でも、無関心な人でも、誰でも、不遇や苦しみの中にある人を救う、彼ら彼女らの光になれる、そんな人になりたかった。


 敵だからと言って、その相手に「永遠」という、およそ自分にしか耐えられないであろう苦痛を浴びせ、それで平和を導くなんて、やっていることは、魔王の交代だ。冷たい皇帝から、冷たい魔王に代わるだけ。


 私は道を間違えた。


 瞬間、私は虚構剣を偽皇帝の遺筆(エンペラータイム)に変換する。


 このループをなかったことにしよう。そうしてもう一度《魔笛》を使って、最初から図書館をやり直せばいい。あは。天才。そうすれば全部なかったことにできるよね。うん、全員殺そう。そうすれば、これは無かったことになる。そう、私がそうだったように、誰も覚えていなければそれは無かったことになる。無かったことになる。無かったことになる。無かったことにな──。


 私は膝から崩れ落ち、とうに枯れたはずの涙を流した。


「なん、で、私。私は──ッ!」

『シオン。大丈夫だよ』


 虚構剣の中に強制的に戻されたイオリは、私にそう言った。


『世界はこんなにも君につらい思いをさせる。でもね』


 虚構剣が、魔剣レーヴァテインに変わる──本を焼き尽くす。


 火炎の中、涙が蒸発する。まるでイオリが拭ってくれているみたいだった。


『──あなたはそれをしなければいけないわけじゃない』


 私はレーヴァテイン──イオリの方を見た。彼女は歩きながら本棚に触れ、燃やしてゆく。


『もうこれらは要らないでしょ。君がすべて覚えているから。だからこんな鎖はもう焼いてしまおう』


 本と言う名の鎖を燃やすイオリは、その存在が崩壊し始めていた。


「まって、イオリ──待って!!!!」


 アカシックレコードの情報を破壊すること、それは時間軸に干渉することを指す。世界を書き換えるには、身を滅ぼすほどの力が必要になる。


「あなたは魔王になる義務なんてない。なりたいものに、なっていいんだよ」


 そう言いながら、彼女は指先から灰になってゆき、最期には崩れて、光となった。


 私は絶望した。だが、涙を流したくはなかった。彼女の遺志を継がなければならない。立ち止まってる場合じゃない。この本という鎖、そしてかくあるべきという全ての幻想から解き放たれた私は、もう、自分が何になるべきか、理解できていた。


『せっかく器になりかけておったが、邪魔が入ったのう』


 しずしずと鎖を引きずって歩いてくるのは千里行黒龍ブラックミザリーだった。


『魔王になった方が、楽だ。今喪った娘も、取り戻せる。我の器になれ。そうすれば、全てお前の良い方向にしてやる』


 私は首を振った。そして虚構剣が手元に飛んでくる。握る。私の服は次第に光に包まれ、純白の戦闘外装(バトルスーツ)へと変換された。鉄床コタツ先輩が造った私の服と、いつの日にか藤堂イオリが着ていたパレオが総てパールホワイトになって、私を包んだ。


『──剣聖パラディンを選ぶか。愚か者め』


 これでいい。これがいい。


「私は、この道を、選ぶ」


 そうして、燃え盛る永遠図書館にて、漆黒と純白が、対峙する。

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