164 水着回
夏、そして海、別荘、温泉。
「やったー!!!! ねぇシオン! 海だよ海!」
ビキニではしゃぐ綾織ナズナの白い肌が目に反射して眩しい。尊い。眼福、幸せ。マジで楽しそうだな陽キャめ。
「アンタたち、合宿の本来の目的忘れてないでしょうね」
ちゃっかりフリルのついた紺色水着を着た東雲スズカは、そんなことを言いながらも楽しみそうな顔をしている。ボール持ってビーチバレーやる気満々じゃん。
「みんな元気だねぇ。わたしは日光に弱いからここにいるね」
透明と言って差し支えない程透き通った肌を持つ藤堂イオリはそう言ってパラソルの下で読書を始めた。彼女のパレオは薄いモスグリーンで、目に優しい。柔肌も目に優しい。最高。
「お前ってたまにオレより下衆な顔してるときあるよな」
水着で半裸の男、姫野ユウリはそんなことを言いながら東雲スズカの元へ向かった。あそこはカップルだ。あ、でもユウリがナズナに見惚れたせいで魔剣で斬られてる。馬鹿だなぁ。
「なぁ、僕のスマホしらね? 映画観たいんだけど」
旅行先で、というか海で映画観んな。と言おうと思ったけどイオリにも刺さりそうなのでやめた。牧野コウタは無いなら仕方ないと海へ走り出す。
「泳がないのか、シオン」
私の隣でちゃんとストレッチをしているのは折紙アレン。えらい。
「私、水着回を観るのは好きだけど、そこに混じるのは違うんだよね。壁になって見守っていたいというかさ」
ほら、ビーチバレーしてる綾織ナズナの胸がすごいことに。眼福。
「シオンらしいと言えば、シオンらしいな。だが、もしも混ざりたくなったらいつでも言うんだぞ。俺たちは付き合っているんだからな」
そんなことをさらっというあたり、こいつは出来る男だ。
「なぁっはっはっは。海はいいね! 酒が進むからさ!」
「ほどほどにしとけよ。助けるのは誰だと思ってる」
眼鏡先輩が、そこに存在しない誰かに向かってツッコむ。そのふたりはいつも一緒に居るイメージなのに、片割れの存在はこのレコードには存在しない。
恐らく魔笛の影響だ。魔笛の代償として消滅した人間は、未来永劫、そして過去永劫の記録から消滅する。恐らく綾織ナズナを私の入学試験の時まで巻き戻す代償として、命を失ったその人は、私の近しい人だったのだろう。
その存在は再生されるのに、まるで編集で切り取られた様に空虚だった。
「浅倉シオン。虚構を眺めるのは楽しいか?」
「いいでしょ別に」
乙女カルラだけはこの世界で唯一冷静だ。虚構の存在だとしても、何度も繰り返し体験したあの半年の中で、この男だけが冷静だった。
「繰り返すのに疲れて休憩か。まあ、同じ時を何度も繰り返すのは堪えるか」
「たまに何の意味があるのかわかんなくなるんだよね。確かにアカシックレコードを体験することで、着実に《冷帝》を倒す算段は立てられてる。未来で経験するはずだったほとんどの記憶も取り戻した」
「なら──」
「でもね。声が思い出せないんだ。綾織ナズナが私とどういう関係だったか、折紙アレンがどういう人だったか、東雲スズカが──みんながどういう人だったかを経験して、知ってもいるのに、その声が思い出せない」
ここにあるのは文字ベースの情報だけ。音だけは、正確に再生できない。
「私が本当に彼女たちのことを思い出すのは、再会して、その声を聴いた時なんだと思う」
そうか、とカルラは言って、海に向かって歩いて行った。その声さえ、自分が想像した、虚構だった。
「……ま、そもそもアレン君が恋人ってのはやりすぎか」
そう自嘲して、私は本を閉じるように、再生していた、存在したかもしれない世界線を閉じた。
これでちょうど十の四億乗回目の再生──もうちょっと頑張るか。
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