15 君と日々を紡ごう
「日常新聞……?」
一日の授業と部活を終えて、談話室でコーラを飲みながらだらけきっていた私たちの所にライザ先輩がフラフラっとやってきた。
「新聞部の知り合いがさ〜、破戒律紋寮のことを記事にしたいって言ってんだけど、インタビュー受けてくんない? お礼も出せるよ」
「良いですけど、先輩とかの方がここのことよく知ってるんじゃないですか?」
先輩は何やら微妙な顔を浮かべる。
「んにゃー。わたし新聞系でやらかしてるから編集長直々にNG出てるのよ」
「何したんですか……」
「やー、破戒律紋に関して適当こいた奴がいたから〆ただけだよ」
「先輩がそんなことするんですか!?」
私の隣でぐだついていた綾織さんが飛び起きた。
これは後で知ったことだが、破戒律紋寮の7年八神ライザというのは、ある種のアイコンであるようで、空座の剣聖を埋めると目される才貌両全の剣姫、だと言われているそうだ。
そんなわけないだろ。放課後に図書館の隠し部屋で脱衣麻雀してんだぞ……。
「するする。ラタトスクが好きだからね」
「かっ、かっこいい〜……」
綾織さんはミーハーなところがあるので、目を輝かせている。まあ、楽しそうなので夢を砕くようなことはやめておこう。
「んで、私の直属の後輩たる浅倉シオン。キミに取材を受けてもらおうと思って」
「えっ、私?」
「いいじゃんっ! シオンちゃんの日常割と変だもん!!」
すげー純粋な目ですげーこと言ってくるなこの子。
「えっ、でもでも、シオンちゃんとライザ先輩ってどういうご関係なんですか?」
ご関係て。意味深に聞かないで!
「どんなカンケーだと、思う?」
私のことをソファの後ろから抱きしめて妖しくふふっと笑うライザ先輩。それを見て「ワァッ」となり顔を赤くする綾織さん。
ほーら勘違いしちゃった。
「違うからね、ただの文芸部のつながりで」
「わたしこの子の裸も見たことあるよ」
何言ってんだテメー!
「あ、あたしだって! お、お風呂で何度も!!」
何張り合ってんだテメー……。
「もう良いです受けますから、帰ってもらって良いですか……?」
「そう邪険にしないでよ〜。あ、部屋で飲む? 飲もうよ」
「未成年ですから!!!!」
「ちえ。最近やっと美味い焼酎覚えたのに」
覚えるな! この人顔が良くて才能もあるのに酒癖悪いんだよな……。男子部員の前で脱ぐの、本当にやめて欲しい。
そうしていると、綾織さんがくすすっと笑った。
「?」
綾織さんはまだ少し頬を赤くして、笑っている。
「シオンちゃんが人と仲良くしてるの見ると、嬉しくなるの」
「な、なんで……?」
「えと、ほら。友達とかいなかったって言ってたから。本当はこんなに素敵で楽しい人なのに」
どきーん。なにそれ、ずるい。
「あれ? お姉さん、脈拍の加速を検知したぞ〜?」
検知するな!
「さーて、心拍数がいかほどか、触って確かめてやろうな〜」
──SMASH!!!!!!
「いってぇ!!!!」
「八神。後輩に醜態を晒すな。帰るぞ」
あっ! 八神先輩を唯一制御できると噂の破戒律紋寮6年男子、眼鏡先輩!!!
「てめー、インテリ眼鏡、てめー」
「すまないな後輩たち。こうはなるなよ」
「はい!」
「気をつけます」
名前は知らないけど、眼鏡先輩ありがとうございます。
そうして引きずられていったライザ先輩。
道中、酒の飲み方について指導されていたが、最終的には眼鏡先輩が折れる形で、焼酎湯割りシングル3杯までならよしとの許可が出た。
「なんだかすごかったね〜」
ぐでつきがなくなり、次は美顔ローラーでふくらはぎのケアをし始めた綾織さん。
談話室にいるほかの男子たちがチラチラ見ている。バカだろお前ら気持ちは分かる。
「でも実際私の日常なんて面白いもんでも無いよ」
「そう? 毎朝当番でもないのにパン焼いてるじゃん」
「や、あれは趣味というかモーニングルーティーンというか」
「そんなモーニングルーティーン見たことないや……」
そこに、チラチラ見ていた男子代表こと姫野がやってくる。
「あのパンマジで美味いよな」
「ありがとう。まあ、パン屋の娘だし」
すごい綾織さん。ボケてるかと思ったけど姫野が来たらすぐにブランケットで脚隠した……。
見るからに残念そうな姫野。ほんと愛すべきバカだな。
「おーい、折紙もそう思うよな〜」
1ミリも女子の生脚に興味を示さない男代表こと折紙アレンは暖炉前で火にあたり温まっている。
「ああ、あのパンに俺は命を救われた。俺が剣聖になった暁には、あれを全国の家庭に配給する」
コイツもコイツでバカだった。
破戒律紋寮にマトモさを求めるのが土台間違っているのと、私もその一員であることを忘れてはいけないというのもあるけど……。
「あれ朝何時起き?」
「イオリとランニングもするから、4時だね」
「げっ、お前授業でもマラソンあんのに朝も走ってんの? バカかよ」
私もバカですよ……。うるせ。
「だが、そのおかげか、授業でバテることが減ったな」
アレンの言葉に少し胸を張る。そう、ただ我慢強いだけの脳筋から、ちょっとは体力がある脳筋になったのだ!
「保健室に運ぶ機会が少なくなって、あたしちょっと寂しいんだ」
ママかよ。
「んで、その後掃除当番とか朝学習挟むだろ?」
「何その目。ちゃんとやってるよ私」
「浅倉……お前ってさ……」
「なによ」
「意外とハイスペックなんじゃね? 胸以外」
「死ね」
「死ね」
入学して少し経ったが、姫野にも成長がある。それは自分のノンデリカシーな発言に対する女性陣からの総スカンを受け止める「覚悟」だ。
でもいい機会なので5回くらい死んでくれ。
「で、午前授業が座学……うっ考えたくないよ! まだ数Aのワーク終わってない」
「でもこの学校、特別教科が多いせいで一般教科の内容薄いじゃない? そんなに難しくないでしょうよ」
「マジで言ってんのか? 言っとくけど魔刃学園って関東ならトップクラスの偏差値だぞ」
「それ3年生時点での記録でしょ? 入試は特殊だし、普通とは比べられないよ」
「だが俺は出願の足切りがあると言うから苦労したぞ。その努力の結果、四則演算という秘技を手に入れた」
アレン、どうやって中学卒業したんだ。
「午後は実習で、バリバリ肉体労働。初めこそ魔剣触ったけど、最近だと基礎的な運動だけだもんなー。あと研磨の練習とかさ」
「まぁ、お医者さんの学校もいきなり患者さんと実習したりしないもんね」
「それは一理あるね。今の時期が大事なのかも」
皆が基礎は大事だと再認識してうんうんと頷いていると、そこにお風呂上がりの東雲さんがやってきた。
こちらを一瞥して、姫野を見てうわぁという顔をすると、足早に去っていく。
「アイツ思春期なんだよ」
お前ほんとデリカシーねぇな。
そんな姫野も放課後は部活を頑張っているという。おかげで姫野が食堂当番の日はやたら凝った料理が出てくる。
どれも創作だけど、ちゃんと美味しいのが憎い。
「ま、実家でもメシはやってたしなー。スズカとかトマト嫌いでさー。困ったもんだよ」
幼馴染というか、ご飯も作る関係性なのか。それは面白い。でも東雲さんのさっきの視線の意味が分かる。これとずっとは、ウザい。
まあ、基本は良い奴なのだ。バカなだけで。
「アレンはオカ研だっけ」
「ああ、いい先輩方ばかりだ」
「意外と活動してるんだね」
「いや、俺が部活に行かなくてもとやかく言わないから」
幽霊部員かよ。どこにオカルト要素見出してんだ。
「綾織さんは、バスケは順調?」
「んん〜……。みんな魔剣師目指してるだけあって、地力の差がすごいなって。でも、あたしはあたしにできることをやってくよ!」
何だこの光は。眩しくて死ぬ。
「シオンちゃんは文芸部どう? やっぱり、文化的な物静かなかんじ?」
んん〜……。
「ソ、ソウダネ! モノシズカ!」
「ならばその湿布の怪我はどこでこさえてくるんだ?」
黙れアレン、深追いするな。
しょうがないのだファイトクラブはそういう場所なんだから。
今は神楽先輩と掛かり稽古をずっとやっている。その中で、先輩の強靭さの秘訣が少しずつ分かってきた。
あの入会試験の日、私はその場しのぎをするしか出来なかったけど、本気だったら本気で死んでた。
神楽リオンの魔刃八節はその練度が桁違いだ。
ファイトクラブのほかの人の決闘を見ていても感じるけど、神楽先輩は魔力が使えない分、圧倒的な基礎と、基礎の多重構築により、難解な行動パターンを持つ。
私が突飛なことをしなければ、当然負けていた。相手はそんな壁だった。
でも今はその壁が目の前にあって、登り方を教えてくれている。殴りながらだが。
私は食らいついてでも、学んでやる。
「んで、部活終わりに風呂入って飯食って自由時間かー」
「シオンちゃんすごい一日のスケジュールだね……」
「や、普通だよ。まだまだやんなきゃ」
そう、まだだ。私の一日はこれでは終わらない。
皆と話終えると、自由時間を逃さないようにさっと部屋に戻り、また出る。
手には木刀。
屋上の戸を開けると、アレンがいつもの場所で星を眺めていた。私は声をかけることも無く、黙って素振りを始める。千回目指して。
「1、2、3、4……──」
私の一日はそう簡単には終わらない。きっと剣聖の一日だってそう簡単には終わらないだろうから。
今のうちに慣れておこうと、そんなとてつもなく恥知らずなことを、静かに考えながら。
「ちょっと面白そう」と思っていただけましたら……!
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