14 傾向と対策
「それで、魔剣技は見つかったのか」
私が朝ランニングに出る前に焼いたパンをもっくもっくと食べながらアレンがそう言った。私はそれを聞いて酷い溜息をつくしかない。
「自分がどう魔剣を使えるのかもわかってないのに技はもっと無理……」
入学してしばらく経ったある日の昼休み、そのころ私はアレンと一緒にご飯を食べるのが通例になっていた。風通しのいい渡り廊下。
みんな昼は部活の練習で忙しくしていて、唯一活動しているのか何なのかよくわからないオカルト研究会に所属するアレンと、名前を言ってはいけないあのクラブに所属している私だけ暇なのだ。
ちなみに姫野はお料理研究会でお料理甲子園を目指しているらしく、文化部とはいえ暇ではない。
「俺は魔剣を使わないから役には立てそうにないな」
「不刃流も立派な魔剣だよ」
「そうか。何か役に立てるか?」
ん~……。あっ。
「あの詠唱……技名ってどうやって決めてるの?」
「わからない」
「は?」
「こう、頭に降りてくるんだ。グォンと発動するとき、ズガァンとな」
わっかんね~! 教えるの下手か!
「でもそれが役に立つのか?」
クロワッサンをぽろぽろこぼすのでハンカチを膝に敷いてやる。
「先に名前が決まってれば、想像しやすいかなーって……」
「それは違う」
「……なんでよ」
「先ず技があって、名前はあくまでイメージを固めるためのサポーターだ。技のない詠唱など空虚だ」
「うぅ~(´;ω;`)」
あふれる涙をアレンがクロワッサンのカスまみれになったハンカチで拭いてくれる。それお前の脚に敷いてたやつなんだが……。
「すまない……」
「……どうしたもんかなぁ」
「授業では基礎剣術しかやらないからな、魔剣に触れる機会も少ない──」
「あっ、えー、そーだねー……」
言えない! ファイトクラブで毎日魔剣触ってるなんて! その癖に魔剣技のひとつも使えないなんて!!!
「しかし、今のカリキュラムでなんでお前はそんな傷だらけなんだ」
「ギクゥッ」
「身体中から湿布の臭いがするから授業中、全く集中できなかった」
「は? アレン全部の授業寝てんじゃん」
「ぎくっ」
そんな生産性のない会話をしたりするのが、ここ最近の気晴らしになっていた。それはアレンも同じなようで、あの模擬戦以来ずっと、なにかを考えていた。
「答えは見つかったの?」
「まだだ」
「何に悩んでるのか教えてよ」
「いや……」
匂わすくせに教えないし、友達なのに頼らないし。よし、ここは一丁、私の名演技で落とすか。
「わ、私が頼りないって言うの~?(泣)」
「ああ、頼りないな」
ぶっとばすぞ。
「だが、お前に直接聞いてみるのもありかもしれない」
「え? 私のこと?」
「ああ、魔剣技も使えない、気合いだけしかない奴に引き分けたあの試合──それを経て思った。このままだといずれ姫野や綾織に負ける」
姫野と綾織さん? 東雲さんじゃなくて?
「つまり成長したいってこと?」
「端的に言えばそうだ。俺の技はどうやら単純らしい」
脳みそも単純だもんね……。
「単純……そうだね。私でも次に何が来るか予測できた。二式は十分に強いんだけど、言ってしまえば速いだけなんだよ」
「速いだけ」
「私だったら二式で距離を詰めたあと、八式に切り替えて吹き飛ばすかな」
「そうか……切り替え──」
「まあ机上の空論かもしれないけど。できるの?」
「不刃流は毎回にかなりの集中を要する。並行して考えることができるか否か──」
「アレン、頭悪いもんね。数学、赤点だもんね」
「あの奇数とかいうやつ、不刃流なら割り斬れるのに」
字が違う。
「しかしお前はいい奴というか、寝ぼけた奴というか。敵に塩を送るような真似をしていいのか」
「敵じゃないよ、ライバルなだけ。卒業すれば同業者なんだから、手を貸す道理はある。でもそれより──」
「?」
「やっぱ、全身全霊全力全開の奴と闘いたいじゃん!」
「ふっ。お前、さては俺よりバカだろ」
それが、ファイトクラブに所属しているせいか、そんなことまで言えるようになった私の近況だった。
***
「まず、特攻はやめること」
放課後、神楽先輩が地下8階の闘技場で半裸にされた私の背中に湿布を貼りながらそう言った。
「で、でも今のところできることがそれくらいしか……」
「大事な娘が馬鹿みたいに自分に魔剣ぶっ刺してるなんて、ご両親に言える?」
「絶対無理です……学校辞めさせられます……」
神楽先輩は打撲のようになった場所を優しく撫でてくれる。
「魔力が流れれば代謝は加速されて傷はすぐに治る。──そのせいで魔力が使えるあんたたちはバカスカ大技を打ち合うよね。でも、一度神経を絶った感覚は後々響くよ。それでダメになったやつを知ってる」
「……その人、どうなったんですか?」
「魔力依存症になって、そのあと廃人になった。私の1年生の時のクラスメイト」
悲しげでもなく、静かにそう告げた先輩の手が少し震えたのに気が付いた。
「それと、やっぱ治るったって、痛いでしょ?」
「痛いは痛いです……」
「剣聖になるというなら、自分を犠牲にするようなやり方はやめな。剣聖は人を守る者だ。他人も、それから自分もね」
「はい……!」
返事をするとぱしんと背を叩かれる。いたぁーっ!!!
「初めはライザが気に入っただけのバカなガキを連れてきたと思った。でもあんたはガキだけどバカじゃない。だから私はあんたに魔剣を教える。厳しくやるけど、それでいい?」
「はい!!!!!!」
振り返ると、ビスクドールの様に整った顔が間近にある。あちゃーかっこよ……。もはや王子じゃん……。美人過ぎ……。
「じ、じろじろ見ないでよ」
「あっ、はい」
***
ロングソードを地面に突き立てたリオン先輩は今授業でやっている基礎剣術を見せてほしいと言った。
基礎剣術とは、対来訪者用に最適化された最も基礎的な剣術のことを言う。
またの名を、魔刃八節。
人により使う魔剣はそれぞれだが、そのいずれにも八節は通じる。本当の基礎だ。
私は魔剣を取り出し、抜刀姿勢につく。
ひとつ、迎撃の構え──。
日本刀の抜刀術に由来する型で、視界にいる敵対者の侵入に対し、迎え討つ際に適した型。
ふたつ、残心の構え──。
抜刀を行い、相手を斬った後にも緊張を抜かず、次の撃に備える心構え。
みっつ、軽業の構え──。
ロシアのシステマに源流を持つ、継戦術。呼吸を絶やさず、リラックスし、姿勢を崩さず、そして動き続ける。
よっつ、諸刃の構え──。
またの名を八相の構え。迎撃とは違い、剣を振りかぶって即座に攻撃に移れる。ただし守りが弱い。
いつつ、発勁の構え──。
原義の発勁とは違い、断層から魔力を取り出して身体に流す呼吸法のこと。
意識を「極」に持っていくために「痛み」や「刺激」をトリガーとしてダウナーに落ちる。
むっつ、正義の構え──。
最も基本的な形にして、最も重要な構え。剣道のように魔剣を振るう。遠距離戦、空中戦には向かない。
ななつ、稲穂の構え──。
東南アジアの伝統武術シラットに源流を汲む、敵の急所を確実に狙う構え。これには精神的な集中と豊かさが必要であり、基本ではあるが最も大切にされている。
やっつ、葬送の構え──。
広域戦で有効な戦闘法。あらゆるものを使い、状況判断能力を高め敵を葬ることを第一に考える。
ファイトクラブで行われる戦闘は葬送の構えを元に行う。
「基本は丁寧だね。でも、丁寧すぎる。軽業と正義は向いてない。特攻とかカウンターも消極的だから迎撃もかな」
身体が軽いから軽業を特にやってたんだけど……向いてないかぁ……。
「でも稲穂の構えはとても綺麗だね。私の1年の時の方が綺麗だけど」
最後の言葉、要らなかったのでは!
「そんな顔しないでよ。1年って言っても、1年の学年末試験の時の話だ。入学して間もないことを考えると伸びしろがある」
「の、伸びしろっ!」
「露骨に笑顔になった……」
「私には稲穂が向いているってことですよね……?」
「他を疎かにしろって訳じゃないよ。でも時間は限られたリソースだ。課外でシラットをちゃんとやってみるのもいいかもねってこと」
「なんだか希望が湧いてきました」
「対人戦には効くけど、敵は来訪者だからね」
「……はい」
「ま、やっておく分にはいいと思うよ。努力は必ずしも夢を叶えないけど、自分を裏切ることはない」
「はい!!!!!」
言うと神楽先輩は頭をぽんぽんしてくれた。やばい惚れそう。
「それと、その魔剣をドスみたいに持つの、向いてないよ」
「え?」
「逆手に持ちな。そっちのが、いっぱい殺れる」
試しに魔剣を逆手に持ってみると、とてもしっくりきた。Black Miseryが喜んでいるように見えたのは、少し感傷的だろうか。
ここからだ。まだまだ始まったばかり。それでも私の道は、確実に始まっている──。
「そういえば、部活のあとライザ達が脱衣麻雀やるらしいけど、やる?」
「やるわけないでしょ」
「ちょっと面白そう」と思っていただけましたら……!
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