146 存在した未来
■SIDE:綾織ナズナ
「俺はシオンを支えるために──もっと強くなるために、降神家に伝わる修行、『箱庭』を受けることにした。これはもうシオンには伝えてある。だが、詳細は行ってみなければわからなかった」
「その隔離魔剣って時間を巻き戻せたりするの?」
「違う。似てはいるがな。正しく言えば、魂だけ過去に転移させるんだ。本来なら俺は今まで生きてきた時間軸をそのままなぞって俺が眠りについた地点まで向かう予定だった」
そこであたしはまさに自分がしたことの影響がそこに出ていることに気が付いた。
「あたし、未来を変えちゃった」
これももっと正しく言うのなら、今現在、未来は存在しない。時間を越えてあたしの記憶と空虚なる漂白だけが巻き戻っている。これはタイムスリップじゃない。巻き戻しだ。故に、あたしが帰るべき未来も、アレン君がたどり着くはずだった未来も、もう存在しない。
そんな重大なことに今更気が付くなんて。
この先の未来がまだ存在しないということは、あたしにとっての過去という思い出は全て記憶の中の産物と化した。あたしは馬鹿だから。今更気が付いて、今更落ち込んだ。
「見るからに落ち込んでいるな。でもそれがお前の選択だったんだろう。シオンを守るための、もっとも寂しくて最も優しい決断だ。俺は結果としてあの未来への道を閉ざされたし、シオンとの思い出も過去のものとなった。とはいえお前を責めるつもりなど毛頭ない」
今はアレン君がそう言ってくれるのだけが救いだった。
『人間共はやたらと過去や未来にこだわる。それが我にとっては不思議でならん』
「獅子座──レグルスには時間の概念とかないの? あ、いや感情が無いのならそもそも……」
『否、主張は正しい。我にとっては時間も「軸」のひとつでしかない』
「あたしたち馬鹿だからもっと簡単に言ってよ」
「俺まで馬鹿にするな。俺は馬鹿だが」
『砕いて言えば、お前たちと悪魔では見ている世界が違う。お前たちは三次元世界に生き、我々は余剰次元から観測している。お前たちが消えた、失ったと騒いでおる時間軸も、我には見えている』
「──じゃあ、私が消えた後の世界もあるってこと?」
『それはない。お前が時間を折り返したせいでな。だが、この門を幾度となくくぐったお前たちの顔は見えている。その過去は確かに在った』
あたしはなんだか泣きそうになった。安堵だったのだと思う。同時に覚悟が出来た。戻る場所が無くなろうとも、最後にひとりで死のうとも、あたしには存在した未来という思い出の過去がある。それだけであたしは前へ進める。
「ごめん逸れたね。それで……アレン君は『箱庭』で何を手にしたの?」
そう訊くと、静かに目を閉じた折紙アレンは、指を一度だけ鳴らした。
──PACHIN。
そして目の前に現れたのは、魔剣だった。見るからに禍々しく、何物をも斬って見せると言わんばかりの、風合いだった。
『ぬ? 我を目覚めさせたのは誰だ。マユラ、生ハムの原木はまだか』
喋る魔剣。つまりそれが王庭十二剣であることを示していた。
「王庭十二剣が一振り、刃のある不刃流。降神マユラの眷属にして所有物──」
その名を。
「ダーインスレイヴ」
お読みいただきありがとうございます!!!
続きが気になった方は☆☆☆☆☆からご評価いただけますと嬉しいです!!
毎日投稿もしていますので、是非ブックマークを!
ご意見・ご感想もお待ちしております!!




