141 あの日
■SIDE:綾織ナズナ
何もかもが純白に包まれた。きっと死ぬときはこんなふうに、暖かな消失に抱かれるのだとあたしは思った。けれど、それが本物の死ではないということが感覚的に分かった。
空間に皮膚が引っ張られるような感じがした。今あたしは、半年と少し分時間を巻き戻っているのだ。それが事実でないにしろ、今はそう解釈するしかない。
こうしていると、文化祭やりたかったなとかプール行きたかったなとか、シオンとデートしてみたかったなとか、唇に……キスしてみたかったなとか。あらゆる後悔が湧いてくる。
でも、そんな事些末だ。もしもあの時シオンが巻き戻っていれば、シオンは自ら命を絶つ選択をしたと思う。ライザ先輩もきっとそれを願っていた。そんなのあたしは認めない、認めたくないと思った。自己犠牲できる所は、シオンの一番好きな所で、シオンの一番嫌いな所だ。シオンは、シオンが傷ついた時に、彼女のことを好きな人たちがどれだけ悲しむかということをわかってない。
あたしはシオンが紙で指を切る程度のことで杞憂する奴だ。彼女が死んで、それが歴史的に忘れ去られ、彼女を誰も知らない世界でのうのうと生きていくなんてあたしには絶対できない。
しかし同時に、ライザ先輩の言っていたことが正しいと言うふうにも思える。あたしは他の皆に比べて情報の理解が遅いし、この世界の真実とか、そういうのにも興味がない。ここにいるのは、ただあの楽しい学園生活を守りたいというそれだけの私的な理由でしかないのだ。
──あたしに何ができる。今からはそれだけを考えなくちゃだめだ。
浅倉シオンの暴走を止める。その為には偽皇帝の遺筆を持たせなければいい。もっと言えば、最後の王庭十二剣を幼女学長に作らせなければいい。その為には、シオンに千里行黒龍と対話させない必要がある。……あってるよね?
彼女が初めて十三獣王と話したのはどのタイミングだろう。イーストパークにお買い物に行った時のテミス事件? ううん、あの時の力をあたしはその前にも見てる。
──ああそうだ、模擬戦だ。
この学校に入って初めての授業。あの模擬戦で、彼女は太ももに魔剣を刺して、きっとつながったんだ。
でも、あの決意は彼女が勇気を手に入れた重要なイベントだ。もしそれを止めてしまったら、彼女の世界は別の方向へ分岐するんじゃないの?
じゃあどうすれば──カン、カン、カン。
記憶が少しずつ明瞭になってゆく。ただひとつその音だけが聞こえてくる。
誰かが、拳で鉄の門を殴る音。不思議だ。半年も昔のことのはずなのに、その音を聞くと、懐かしさではなく、安心を覚える。
あたしは木の陰から彼女を見守っていた。
不倒門にたった一人で挑む、その少女のことを──。
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