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13 負けないということ

「──勝手に試合を止めるな」


 その鋭い眼光に気圧される。神楽と呼ばれた女子生徒は線は細いのに、必要な筋肉はしっかりついている、しなやかな体躯を持っていた。

 汗をかいて張り付いた前髪をかきあげてこちらを見つめる。


 私でもわかる。この人は──尋常じゃない。


「彼女は神楽リオン。キミが超えるべき、壁だよ」


 八神先輩はそう言った。


「んで、この子は浅倉シオンちゃん。破戒律紋ラタトスク寮の1年生。面白そうだったから連れてきた」

「どうでもいい。ここはあんたの庭だろ」

「ちなみにリオンは巨虚鯨紋リヴァイアサン寮の3年生ね」


 仏頂面の神楽先輩がこちらを見つめる。それだけで身が竦んだ。


「今からふたりでここのルールで決闘をしてもらう。もしシオンちゃんが10分、この舞台に立っていられたら入会を認めよう」

「あんた正気か?」

「ああ、正気だよ。異論はある?」

「いやない」


 それだけ言って神楽リオン先輩は決闘の舞台に戻っていった。


 10分耐えればいいのか……。──うん。いや、こういっちゃなんだけど、私はこれでも忍耐力がある。そこだけは誇れるんだ……! なんとかしてその10分さえ耐えることが出来れば──やれる。私はあの折紙アレンにも負けなかったんだ……!


 だけど、そんな淡い期待を打ち砕くかのように八神ライザ先輩は私の耳元に顔を寄せて付け加えた。


「冷徹だけど天才や精鋭が集まる、学園でもエリートを最も輩出する巨虚鯨紋リヴァイアサン寮。その寮に『魔力なし(プレーン)』で入寮した。そして、最も離脱者が多いその寮で3年生になるまで在籍している。これが何を意味するか分からないほど、キミも愚かじゃないでしょう?」


「……──っ」


 胃がひずんだ様な感覚がした。私はもう一度舞台を見つめた。そこに立っているのが、何者であるのかを、もう一度、その目で確かめるために。


         ***


 両者が舞台に上がる。相対するは巨虚鯨紋リヴァイアサン寮3年、神楽かぐらリオンと破戒律紋ラタトスク寮1年、浅倉シオン。


「ルールを確認しよう。ファイトクラブでのルールは3つしかない。ひとつ、クラブのことを口外してはならない。ふたつ、決闘に時間制限はない。みっつ、一方が降参すれば試合は終わり」


 そのルールを聞いて、私は恐れながら口を開いた。


「あの、もし致命的な怪我を負ったり、死んでしまうような重症を──」

「ファイトクラブでのルールは3つしかない。聞こえなかった?」


 ぞっとした。これは授業ではない。折紙アレンが人を傷つけないよう、命を奪ってしまわないよう注意を払っていたような生易しいことはここでは意味をなさない。

 当然彼のそれを否定したのは私だが、いざ相対すれば、身体が芯から震えた。


 もしも降参しなければ、最悪死ぬ──。


 その現実感のなさに、自分がどうやって剣を持っていたのかも忘れる。手の内が緩み、剣を落としそうになるが、なんとか持ちこたえる。


「これは入会テストだから、時間制限は設けるね。さっきも言った通り、10分だ。それで決着としよう」


 周囲の学生が見ている。怖い。この人たちは、日常的に命のやり取りをしているんだ──。


 足が震えた。でも、時間は容赦なく過ぎる。


「それでは始めようか。位置に着け──開始ッ!」


 八神先輩の声で、意識が舞台に引き戻される。私はBlack Miseryを抜刀ポジションに置く。カウンター姿勢でまずは相手の出方を窺わないと──。


「その消極的な戦法で人を守ることができると思ってる?」


 ジクリと胸が痛くなった。


「私は正直、面白いだとか期待だとかはどうでもいい」


 一歩一歩、その強敵は踏みしめ近づいて来る。

 彼女の持つロングソードからは魔力の片鱗も感じられない。なのに、足が竦んで動けない。


「強くなること。それが私の至上命題だ──ッ!」


 瞬間、踏み込み前の揺らぎすら見せず、彼女は音を置き去りにして目の前まで飛んできた。


「がっぇお──」


 魔剣でその斬撃を防いだと思った。でも、それは陽動でしかない。彼女の蹴り上げた膝が、みぞおちと肝臓を一直線上に貫く。


 私はその場でどさりと崩れ去り、おなかを押さえながら、ただ咳込むしかできなかった。

 咳に血が混じっている。お腹の何かが、破れたような気がする。今は幸い、鈍痛がその痛みをかき消してくれた。


 折紙の手加減した不刃流アンワイズとは比べ物にならない、本物の痛み。これが、怪我をするということ。これが、死の淵を覗くと言うこと。それはあまりに初めてだった。


「あんたは斬るに値しない──降参なら早くしな」


 降参……──。


 その考えがぐるぐると頭を周り、時間が迅速に過ぎ去ってゆく。


 降参、しないと、殺される……──。


 嫌だ……。嫌だ……。


 死にたくなんてない。


 夢も叶えてないのに死にたくない……。


 このまま時間が過ぎて負けでいいと思った。降参でもいい。負けでいい。決闘なんて柄じゃない。


 言わなくちゃ──。降参って……。


 はやく……。


 もう、やめ、てって、言わなくちゃ──。


 ここで負けたって、なにかペナルティがあるわけじゃない。もう帰ろう──。所詮ここは学校なんだ。負けたって、良い──。


「はぁ、はぁ──がはっ……」


 ──ZAT。


 私は舞台に魔剣を突き立てる。


「降参ならはっきりと降参と言え。そうすれば受理される」

「──ない」

「聞こえないな、はっきりと言──」

「降参なんて!!!! しないッ!!!!!!」


 口から血が流れだす。ぼたぼたと垂れて、血のにおいが昇ってくる。その方が良い。生きてるって感じがする。


 たかが学校、たかが授業、たかが部活。


 魔剣師にそんなモラトリアムはない。


 負けたペナルティがない? 違う。負けたら死ぬんだ。魔剣師は、いつだって異世界の化物と命を賭した戦いをしている。

 負けても良い戦いなんて、ひとつだってありはしない。


 そうだ、神楽さんの言う通り私は消極的だった。


 それじゃ、救える命も救えない──!


「肺をぶち壊したつもりだったが、それでも立つのか」

「……立つ。立ってさえいれば、負けないから」

「前言を撤回する。あんたは斬るに値する」


 さっきと同様の頂点加速──。だけど今度は上からの斬撃が、横振りの薙ぎに変わる。その剣先にだけ意識を集中させて、Black Miseryの刃先で長剣の剣先をいなす。


 尋常でない音と火花が、彼女が繰り出した斬撃の強さを物語る。同時に、──重い。片手短剣のBlack Miseryを両手で押さえなければ潰される。両刃の短剣が私の手のひらに食い込み、皮膚表面を焼くように斬っていく。


 そして、流した剣の行く先は地面。地面に刺さった神楽の剣は軸となる。


「がら空きなんだよッ!」


 剣をポールの様に使って、遠心力を使い最大効率で火力を与えられた蹴撃が私の横腹に直撃する──。


「がっ──!」


 剣をいなすのに全神経を使っていた私は身体を守るのを捨てた。でもそれは、考えがあってしたことだ。


 血を流しながら舞台を転がり飛ぶ。


「所詮は防戦一方か」

「……違う。私の武器は人より考えられることだ!」


 私はBlack Miseryを思い切り太ももに突き刺し、引き抜いた。その血しぶきを、目くらましに使う。


「なッ──!」


 神楽が一瞬油断したその虚を突く。

 私はぼろぼろだった全身に魔力(マギ)循環で加速する代謝を感じ、破壊と回復を高速で繰り返す身体の力全てを以て、神楽を突き飛ばす──。


 その時、あの模擬戦の時の頭突きと同じような感覚がした。


「があッ──」


 そして彼女の足元には、私が転げ飛び、撒き流した血が流れていた。

 神楽は、微弱だが確かな粘性と滑りに足をとられ、態勢を崩す。


 倒れた神楽を見下ろし、私は意識が飛びそうなまま、立ち続ける。血を飲んで荒ぶるBlack Miseryを、ただひとつあった、立ち続けるという意志によって制しながら。


「……私だって、強くなることが目標だ。でも今のままじゃ駄目だ。こんな方法でしかあなたを退けることができない。だから、降参なんてできない。ここで、この場所で私は変わる」


 そして、無感情なブザーが鳴り響く。


 私は力が抜ける様に膝を崩した。でも気絶したわけではない。血が巡っていない感覚がしてふらふらする。


 そんな私を抱きかかえて、後ろから包むように寝かせたのは八神ライザだった。血で汚れることも厭わず。優しく抱きしめた。


「キミってやつは、本当に何を考えているか読めない」

「私は、立って、いまし、たよ」

「うん。わたしはキミの覚悟をちゃんと見た」

「合格、です、か」

「ああ、ようこそ、ファイトクラブへ」


 湧き上がる喧騒と拍手の中私は、気絶とは違う安らかな微睡(まどろみ)の中に包まれていった。

「ちょっと面白そう」と思っていただけましたら……!


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― 新着の感想 ―
[良い点] シオン、今までの様子からすると追いつめられるほど強くなる子なのかな?何と言うか、強さへのロマンを感じますね。 それなのに、自分を更なる不利に追い込んでしまうのではないかという愛らしさが感じ…
[一言] 文芸部。 だが彼らにとっては戦いこそが教科書なのだ(確信
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