129 セイグッドバイ
前略、シオンへ。
恐らくこの手紙を読んでいるのはシオンだと思う。もしそうでないのなら、この手紙は毎朝パンをこねている浅倉シオンに渡してほしい。
まず、こうして手紙で事の次第を伝えることになったことを申し訳なく思う。俺はあの日、シオンの想いへの返事を伝えるのをすっかり忘れていた。
今日ほど自分がバカだと思った日はない。走って帰って伝えようかとも思った。だが、今走り出したこの気持ちに、自分で水を差したくなかった。
それに、シオンは俺がお前のことを好いているということに、何となく感付いているんじゃないかと思う。俺はバカだから、そういうの、隠せないんだ。
それでも気づいてないなら、シオンはもっと自信を持ってくれ。お前は素敵だ。
気持ちはそういうわけだが、返事はここに書こうとは思わない。それは、自分の声で、言葉で伝えるべきだからだ。そして何より、俺が成長してから──お前に見合う人間になってから伝えたいと思ったからだ。
だからもう少し待たせる。でも、忍耐強いシオンなら待てると願う。
俺は手紙を書いた経験が無いから、どういう順番で書けばいいのかわからず、本題から書いてしまった。でも、次に書くことは、割と大事なことだ。俺がこれから何をしようとしているか。それを言っておこうと思う。
今ソファで眠っている俺は、不刃流零式を手に入れるためにここじゃないどこかの時間軸へと向かっている。
その時間軸で師匠を見つけ、修行をして、成長出来たら戻ってこられるらしい。降神本家が降神マユラに使った秘伝継承の技だ。
俺はきっとお前を支えられる男になる。隣に立って、剣聖を目指すライバルだって堂々と言えるくらいの強さになって戻ってくる。
だから、少しだけ待っていてほしい。
──いや、でも進むべき時が来れば進んでくれ。きっと世界がお前を必要とするときが来るはずだ。俺は、気合いで追いつく。気合いで。
それで、寝ている間の心配はしなくて大丈夫だ。維持魔剣を刺しているし、定期的に養護教諭さんが見てくれるらしい。シオンは逆にあんまり見るな。恥ずかしいからだ。
最後になるが、これも大事なことだ。シオンが大事に思っていた、文化祭に行けなくてすまなかった。来年、俺達が二年生になったら、きっとその時はふたりでばかでかい文化祭をやろう。きっと花火だって打ち上げてやる。
お前は守ってくれと言ったな。ああ、約束は必ず守る。その言葉が俺に火を灯した。熾火に酸素を、火薬に火種をやったんだ。文句はなしで頼む。
ここまで色々並べたが、俺は案外言い訳がましい奴だということが新たに判明した。恥ずかしい。だが、入学当初の能面男よりは、良い奴になれたと思う。いや、なれていると良いなという、希望だ。
じゃあ、旅立つ。土産は思い出話だけ。またな。
折紙アレンより、草々不一。
***
旧ラタトスク寮の談話室。あの日々の喧騒はなく、ただ眠る折紙アレンの寝息だけが響く。鳥のさえずり、木漏れ日、止まった時間。
私は手紙を読み終えると、そっとポケットに仕舞い、立ち上がる。そして、彼のおでこに、初めての口づけを落として、旧ラタトスク寮を後にする。
扉を閉めて、再度封印。
私はなんだかすっきりしていた。文句とか、ない。彼がやると言ったらやるのだ。だったら、私はそれを待つだけだ。だって、私のたった一つのわがままを聞いてくれたんだから。
けれどあんまり来ないでってお願いだけは聞けない。聞くもんか。だってアレンは私のパンが大好きなんだ。目の前で見つめながら私お手製のパンを食ってやる。返事をお預けした仕返しだ。
きっと戻ってくる。そうわかっていても、涙がその感情の妥協を許してはくれなかった。ぽろぽろと零れるそれを拭いて、気づかれないようにみんなのところへ帰ろう。もうすぐ冬が来るのだ。最高の文化祭が待つ、冬が来る──。
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