126 姉と弟
■SIDE:折紙アレン
「この店は会員制だって知らないの? アレン」
ひとりで酒の入ったグラスを傾ける降神オリガ。店内の数人がこちらを向いてひそひそと言葉を交わしているが俺はそんな事どうでもよかった。
「知ってる」
「てかどうやって入ったの? ここの鍵は厳重なはずなんだけど」
「八神先輩に開錠魔剣を借りた」
「そうか。コタツが調律した奴か……。で、今お前はヴァチカンと魔刃学園の不可侵域を侵しているわけだが、それ相応の理由があるんだろうな」
グラスが再度傾くと、ロックアイスが転がる。
「ああ。『箱庭』に行く心の準備ができた」
カラン。オリガの手がくっと止まる。その眼がゆっくりとこちらを向き、信じられないようなものを見る様だった。
「お前、『箱庭』が嫌でここに来たんじゃないのか──」
「ああ。俺はこの学園に逃げてきた。マユラ姉さんを探すなんて大義名分を掲げて、その実俺は逃げてきたんだ。だが、もう逃げたくないと思った。自分にできることはすべてやろうと思った」
「……なにがお前をそこまで動かすんだ」
俺の脳裏であの子の言葉がふとリフレインした。
『私はあなたの事が好き。一生守るから、一生守って』
思えば、俺が彼女を守ってやれたことなんて一度もない。浅倉シオンは、ずっと俺の先に居た。俺の手を引いてくれた。
彼女はいつだって、俺を導いてくれた。
そんな人が今、きっと誰にも、心からは頼れないでいる。自分があまりに多くの因果を引き受けていると理解しているからだ。
そんな彼女を助けたいと思うのは、俺が彼女のおかげで変われたからだ。
劇的なことなんてない。でも彼女は傍に居るだけで人を変えてしまう。
俺はいい方向に変われたんだ。だからこの手を伸ばしたい。
でもまだ少しだけ足りない。今の俺では力不足だ。
たったひとつだけ、彼女より長けているものがある。不刃流だけは俺が導ける。逆に言えば、俺にはそれしかない。
バカな考えだし、魔剣無しだが、それでいい。俺と彼女を結んだのは不刃流だ。
魔刃学園の不刃流として世界の命運を担うのであれば、俺はそれを手に入れなければならない。
「……お前の認識とズレていてはいけないからもう一度説明するよ。隔離魔剣、通称『箱庭』は刺されれば意識だけ他の時間軸に跳ぶ。そこで師を探し修業を行う。正統時間軸に変化が及ぶ程の成長がない限りは戻ってこられない。安易に筋トレしに行く場所じゃないんだぞ」
「ああ、分かってる」
「──それに、そこに居るのがマユラとは限らない。数世代前の降神かもしれないし、お前を忌避した連中かもしれない。……時空の構造だって正しく認識されているとは言えなくて、その間お前はずっと眠りに」
「姉さん」
俺がそう呼ぶと、降神オリガははっとして顔を上げた。
「当時の俺は情けないほど弱くて、親族連中から『箱庭』送りにされるのも仕方ないと諦めていた。でもオリガ姉さんとカナンが裏で手を回してくれていたんだよな。他人に絶望していた昔の俺なら気がつけなかった。でも今の俺はわかる。この学園に俺を逃がしてくれてありがとう」
つーっと、オリガ姉さんの頬を雫が伝った。
「生存確率七%なんだぞ、アレン……」
「俺はもう大丈夫だよ。昔とは違う」
静かに頬を拭ってやると、オリガ姉さんは頷いた。そして、彼女は自らの太ももに爪を立て、裂き、手を入れる。その先は断層だ。断層に収納してある魔剣をすっと取り出すと、それを俺に手渡した。
「隔離魔剣。降神の降神たる所以。最後に使われたのは双子の姉、降神マユラが幼少の時。私には適性がなく、姉は最強になって帰ってきた。お前が何を手にして戻ってくるのか、手にしないのかはわからない。でもきっと無事に戻ったのなら、私はお前を、ちゃんと弟と呼んでハグしたい」
今は我慢だ、とそういうことをオリガが言うのが珍しかったので笑う。
「ありがとう。でも俺にとっては、姉さんたちも、兄さんも、良い家族だ。歪でも、ねじ曲がっていても、それは変わらない」
それだけ言って、俺はその場を後にした。姉さんは背から何かを問うたが、今の俺に、それを答えることは出来ない。
それに、何かを答えると言うのなら、シオンの方が先だ。
勢いあまって返事をするのを忘れてしまった……。
彼女を待たせることになる。だから急ごう。
俺は「箱庭」を歴代最速で攻略する。そして手に入れる。降神マユラでさえ扱うことのなかった不刃流──零式を。
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