118 VS降神カナン①
──VAKYAT。
橈骨と尺骨がはじけ折れ、左腕が粉砕したのが感覚でわかった。それも激烈な痛み。そう、今まで経験したことのない痛みに失禁や失神の淵まで行きかけた。胃液はせりあがってくる。
「たかが授業で腕を駄目にするのは正しい選択とは言えない」
降神カナンの声は鈴の音の様に美しかった。それがゆえに、剣を振りもしないで私の腕をへし折ったのが極めて恐ろしかった。
ただの覇気。この世にそんなものが存在するのかすらわからないオーラだけで私は腕を折られたのだ。剣があろうと、反撃ができようもない。
でも、この人は私が嫌いな言葉を言った。
たかが授業? 笑わせるな。
「殺してみてくださいよ、ド三流センパイ」
ぼたぼたと失血してゆくのを感じる。動かない。だけど右半身だけは動く。
「僕は心を凪にするのが人より得意だ。君がきっと揺らぎを生もうとしているのだろうが、それは叶わない」
確かに。藤原イズミ戦でやったやり方が全く駄目だ。
「……へへ。やっぱり一流は違うなぁ」
どさりと音がした。それは私の身体が地面に臥せる音だ。遠くからは何かの叫び声が聞こえた気もした。それはまったく意味を理解できなかった。鼓膜がぐちゃぐちゃなのだ。でも、降神カナンの声は聞こえる。
「わかったかい。僕らは君たちのクラスアップを認めない。君たちが戦場で無駄死にする理由はない。悪魔は僕らに任せなさい」
その言葉は意外だった。彼はもっと利己的な人かと思っていた。でも、それは本当に私の身体を慮っている言葉の様だ。
私は人の言葉に敏感だ。中学時代に友達からかけられた「浅倉さんも来る~?」という言葉が来てほしくないけど体裁が悪いから声をかけただけだというのにも、気が付いている。「浅倉さんは良い子ですよ」と先生が言ったのは、扱いやすくて都合がいいという意味であるのも知っていた。
私は言葉の本質を理解することに抵抗がない。傷つくのには慣れているから。だからこそ、彼が本当に「たかが授業で」と言ったのも「認めない」と言ったのも、本当に私を、そして後輩を慮ってそう言っているのだと、不思議と理解していた。
「──センパイは本当に、ひとりで戦争を終わらせるつもりなんですね」
彼は何も答えなかった。それが答えだ。そしてしばらくしてからシンと静謐な音が流れた。
「僕には弟がいる。鈍感で、実直で。大義を背負いたがっている子だ」
降神カナンの言葉で語られる折紙アレンは、確かにと共感できるところと、思いもしなかったところで構成されていた。
「アレンはマユラさんを救いたいだけですよ?」
「それが大義なんだ。降神マユラを救えば世界は救われる」
でも、と続きそうな様子に私は顔を上げる。
「──降神マユラが戻れば、世界は終わる」
「……え?」
どういうことだ……?
混乱する私を置いて、彼はその場を去ろうとする。まって、聞かせてよ。
「だから君ももう諦め──」
降神カナンは表情を固めた。私の持つBlack Miseryが彼のふくらはぎを突き刺したからだ。白いスーツに血がにじむ。
「どうやって僕に刺した。触れられるはずがない、どうやって──」
「這いずって這いずって、あとは気合いで」
「気合いなんかで僕に触れるはずがない。僕に触れるのはラウ──」
その瞳がなにかおぞましいものを見たような色を帯びた。
「その目は《破戒》だ……。『窓』を使ったのか、君が──」
「よく、わかんねぇですけど……。痛いんで、諦めてくれませんか……」
そんなこちら側に条件のいいことを飲むはずもないと思ったが、降神カナンは覇気で私を数メートル吹っ飛ばすと、こちらに振り向いた。そして音もなく歩き、血を流しながら近づいてきて、すっとしゃがんだ。
「君の名前を教えて」
「浅倉、シオンです」
「わかった。覚えておくよ。試験が終わったら会おう」
そして彼はデュランダルで私の腹をぶっ刺し、大量の魔力を流し込んで強制的に怪我を回復させた。だけど私は余剰エネルギーによる激痛で動けない。
「まっ、て──」
待たない降神カナンは歩き、上り、そして静謐に鐘楼の鐘を打ち鳴ら──。
──せなかった。
その瞬間、なにか巨大な存在に臓腑を握られた様な感覚がした。それは自分なぞ砂漠の砂粒を構成する粒子程度のちっぽけな存在に思える程の何か。
ぞっとした。
「ネムリ、寝ていなきゃ駄目だろう」
そう静かに言ったのは降神カナンだった。だが、それを言われた本人はけろりとしている。
「眠るのは代わりに他の七年生にお願いしたの。優しい子守唄で」
そしてその戦いは幕を開けた。バケモノとバケモノの一騎打ち。
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