117 南方戦線大乱戦③
降神カナンは歩いていた。校舎から中央にある鐘楼に向けて、音もなく静かに。
私が必死に走ってたどり着いた時、そう、降神カナンは歩いていたのだ。
だが、実際のことを言えば、私はたどり着いてなどいなかった。
一緒に向かったマリサ先輩や明滅先輩も、降神カナンにはたどり着いていないのだ。
私たちは全力で走っていた。だが、誰ひとりとして降神カナンにはたどり着けなかった。
アキレスと亀だと私は思った。
だが、そんなパラドックスがまかり通るはずもないのに。
ただ歩いている降神カナンは、歩くだけで時空をねじ曲げている。そんなことが可能なのか──知らない。
事実としてそうなっているのだからそれを受け入れるしかない。
私たちは今もなお全力で走っていた。届かないものに、手を伸ばして。
「浅倉ちゃん! 装備は直ぐに出せる?」
「出せます!」
荒い呼吸、返事だけをし、私は右眼の魔眼に魔力を籠める。
「レオンくん! 浅倉ちゃんのこと吹き飛ばせる!?」
「ああ!! タイミングはッ?」
「テンカウント!!」
叫び、各々が準備をする。その間に、マリサ先輩は銃剣──Heavy Collision L2modelの銃口を降神カナンに向ける。
──BANG。
放たれた弾丸は降神カナンに近づくにつれて速度を落とした。まるでブラックホールだ。
「浅倉ちゃん!! 失敗したらごめん!」
「大丈夫です!! 私、失敗の二文字削除してるので!!」
自分でも何を言ってるかよく分からないけど、これくらい景気をつけないとやってらんない!!!!
「セブン!!!」
カウントは進む。こちらがあからさまな作戦会議をしても、降神カナンは意に介さない。まるで聞こえてないかのようだ。
「スリー、ツー!」
──ONE。
VRAAAAAASSSHHHHH!!!!!
背後から放たれた一点集中爆撃の威力で、マリサ先輩は横方向に吹き飛び、背中にガントレットの応用盾を作った私は音速には及ばないが相当の速度でぶっとぶ。
「降神カナァアアアアアアン!!!!」
だけれども、私の身体はそこまで届かない。
そう思ったが、声だけは、届いていた。
白銀の髪をすっと揺らしこちらを振り向く降神カナン。宙で停止する私。
「僕は君の先輩だ。呼び捨てはダメだよ」
その鈴の音のような声が鳴った時──そう、それを「時」と把握する間も与えられず、私はさっきの威力を軽く凌駕する力で校舎に叩きつけられていた。
「がっ──はっ──」
「浅倉ちゃん!!!!」
零戦マリサ先輩の叫びが聞こえるが、次の瞬間にはマリサ先輩も反対側の校舎にめり込んでいた。自爆特攻を仕掛けた明滅レオンも、さも当然かのようにズタズタにされた。
私たちは殺されたわけじゃない。ただ、その瞬間から、全ての戦意を喪失させられたのだ。
ああ、ダメだ。
私がこういう時に意識を失っちゃダメなんだ。
悪い子じゃないって知ってるけど、出てきてしまうから。
『かかか。停滞は驕りを生むと言っただろうが小娘よ』
「だね……。ちょっと、貪欲さを欠いたかも。最近、調子良かったから……」
『かか。理解出来ぬだけで、お主の気持ちは知っておる。さて、どうする。アレを殺すか?』
「ううん。方針はいつも通り、殺さずで」
『我は希望を食うとも言った。お主は希望を生むのが上手いのう』
「じゃあ……!」
『しかし、停滞は驕りだと言った』
「あれ、身体が、動かな──」
『お主に試練をやる。それを越えられたのなら、その先を見せてやろう』
「その、先?」
『お主の眼に「窓」をやる。その窓は、可能性を映す。全てのな』
「可能性──」
『であるから、今現在お主にまとわりついておる因果は、我が預かろう。──よってお主にはもう特別なものは何も無い』
「……はは、ほんとだ。ガントレットもレーヴァテインもでないや──」
『我に本物を見せよ。先へ行きたいのならばな』
──どさっ。
私は校舎の壁から地面へと墜落した。持っていた力は何一つ無くなっている。驚く程に漂白だった。
魔剣も魔力もない私か。なんか、久しぶりだな。不倒門を前にした時くらい、無力だ。
それでも、零戦マリサ先輩と明滅レオン先輩が倒れて瀕死になっているのを見て、私は悟った。
そうだった。
「私、身体だけはみんなより丈夫なんだ」
丈夫だから頑張れる。人一倍走れる。みんなが持っているものを私は持っていないから、それが欲しいから、私は走れるんだ。
それは、希望じゃないか。
「ミーちゃんはわかりやすい試練を出すんだね」
受けて立つよ。その「先」を、きっと見てみたいもの。
身体中が痛い。魔力循環によって治るはずの骨折が、魔力がないせいで治らない。きっと今、肋骨が三本やられてる。大腿骨にはヒビだ。肩は気分的にはもげそうだし、頭痛でどうにかなりそうだ。
つまり、私が本気を出せる、最高の状態ってことだ!!!!!
私がふらふらと立ち上がったその瞬間──降神カナンは立ち止まり、瞳孔を開いた。
ふふ、そういう顔はアレンに似てんすね、先輩。
「君、立ち上がらない方がいい。魔力が感じられない」
「カナン先輩。それでも立ち上がるのが、私です」
降神カナンは何も言わなかった。それでも言葉は届いた。今度は、本当に言葉が届いた。だって彼は、携えた帝王の魔剣デュランダルをすっと引き抜いたのだから。
私も腰からBlack Miseryを抜く。
──さぁ、いっちょやりますか。
お読みいただきありがとうございます!!!
続きが気になった方は☆☆☆☆☆からご評価いただけますと嬉しいです!!
毎日投稿もしていますので、是非ブックマークを!
ご意見・ご感想もお待ちしております!!




