11 座学と図書館
ジリリリリリリリ──タンッ。
うぐぅあ……。
内心でうめきながら私はスマホに触れて目覚ましのアラームを止める。時間は朝の5時。慣れないなぁ……。
「いぎっ……。おがぁ……」
起きようとすると死ぬほど身体が痛い……。いや死ぬほどって程ではないんだけど、例えば公園の車止めで腰を打った時とか、階段を降りようとして踏み外して踵を叩きつけた時みたいな、いわゆる骨に響くような痛みが節々に続いている。
それと悪寒が多少。養護教諭は血中魔力濃度が上昇した時の副次作用だと言っていたけれど、気分としては最悪である。
「おはよ」
しかし、声の方に顔を向けると、部屋の反対側には布団にくるまったままで顔だけこちらに覗かせる少女、藤堂さんがいるので心が豊かになって痛みが和らぐ(気がする)。
「……おはよう藤堂さん。じゃあ、行こっか」
2人で並んで歯を磨き、それぞれ支度を済ませると、スポーツウェアに着替えて部屋を出る。ジャージは授業で使うので汚したくなかったのだ。
らせん階段を降りながら藤堂さんは振り返らずに話した。
「シオンはさ、どうして付き合ってくれるの?」
名前呼びにドキッとする私。距離近いし。ぼっちは優しくされると好きになっちゃうからヤメテっ!
「ランニング気持ちよかったし、ちゃんと強くなりたいし!」
「君は努力家だね」
「でも藤堂さ……イオリも走ってるじゃない」
呼び捨てにしてみると、彼女は小さく、くすすと笑った。
「わたしはこの身体の健康維持をしないといけないからね」
「へえ……。スタイルいいもんね……」
脚長いんだよね。モデルかよってくらい。
「ふふ。綺麗でいたいのもあるけれど、この身体が好きなの」
その言い方は全くナルシシズムを感じさせない、嫌な感じのないものだった。どこか自分の事を客観視した、慈愛にも近い話し方だった。
「私はあんまり自分の事が好きじゃないから、そう思えるのは羨ましいなぁ」
昔からチビで、成長期にやっと伸びたけど、それでも平均よりは低くて。トロかったりもした。そのフィジカルの自身の無さが自己評価にもつながっている気がする。
両親がくれた身体だ。決して嫌いなわけじゃない。でも魔剣師になるにあたって身体が障壁になるのは、少し悔しかった。
外に出ると、快晴の空を仰ぎながら藤堂イオリは言った。
「けれどわたしは好きだよ、君のからだ」
「……」
どっ、どど、どういうことですかそれ????
軽々にそう言った彼女はまた微笑んで先に走り出してしまった。ストレッチもなしか! 私は追いつくために足を回す。ほんとこの子は不思議である……。
***
「今日は座学だ。魔剣概論Ⅰの教科書を出せ。寝るなよ姫野」
「なんでオレだけ!?」
眼帯先生はいつも闇堕ちしたヒッピーみたいな服装だけど、座学においてもそれは変わらず、目つきもいつも通り陰鬱だ。けど声は通るので授業としては聞きやすい。
「お前らの中にはマガク模試で基礎勉強──概論は既に済ませてある者も多いと思うが、あれは文科省が現場を知らないで作ったものだ。大枠は同じでも細部が異なるものも多い。だから授業はちゃんと聞いておけ。これがこの先7年間の土台となる」
皆が適当にはーいと答えると眼帯先生はこくりと頷いて黒板に記述を始めた。
「まず魔剣とは、未だ完成せず、そして生まれて半世紀しか経っていない若い概念であることを理解すること。東雲スズカ、なぜそう言える?」
「その全てが、半世紀前に奥多摩に開いた特異点に起因するからです」
「そうだ。異世界につながる直径5㎞の大穴──特異点。そこから湧出する来訪者に対抗するために国が組織したのが『騎士協会』だ。大元は自衛隊だがな。今では魔剣師は国家資格化され、協会からの依頼を受け活動を行う」
「せんせー。その穴って世界中にあるってほんとですか?」
綾織さんが質問すると先生は頷く。
「お前たちの世代ではあまり実感がないかもしれないが、昔は他国との協力が盛んだった。他の国にも特異点は存在し、その対抗策について国連でも協議をしていた──ワシントン鎖国条約が結ばれて10年が経つ。国々が貧富の差など関係なく魔法の様な力を得たことで、力関係は瓦解した。結果、国同士は信用をすることができなくなった。それが今の第2次世界冷戦を生んだんだ」
「む、むずかしい!!!!」
綾織さんは眼帯先生の言葉に疑問符を浮かべたが、これは何も彼女が不勉強なわけではなく、教室にいたほとんどの子が思ったことだと思う。生まれたときには鎖国はしていたし、他の国の事なんて本の中でしか見たことがない。
「まあ、そこに関しては世界史Dで習うだろう。それは追々勉強すればいい。お前たちにとって今重要なのは、この国の罪のない人々を、異世界の脅威からどうやって守るかだからな」
眼帯先生の言う通り、歴史や社会については追々詳しく学ぶだろう。ただそこに関してはあとで図書館に行ってみるのもいいかもしれないと思った。
特異点が開門して東京事変が起きた半世紀前から今までの世界について、知っておいて損はない。
それに、私の武器は頭だ。人に何か自慢できるのは、我慢強さと覚えの良い頭だけなのだ。それを活かそう。
「では次のページ、東京事変について──」
***
放課後になると、第一校舎はにわかに賑わい始める。
魔刃学園は魔剣師養成校としてトップクラスの学校だが、部活動の強豪校としても極めて優秀な成績を残している。
今の学長──幼女学長になってから、良い魔剣師の育成には「質のいい教育」と「質のいい気晴らし」が必要だと改革があったらしい。
結果、部活動に力が入り、色々な部活が乱立することとなった。そして放課後になれば活気づいてくるわけである。
私もどこかに入ろうかな~などと考えているが中々決まらない。中学では放課後にはすぐに家に帰って勉強していたし……。特にしたいこともないんだよな……。
「うん! あたしはバスケ部入ったよ! 中学の時はバレーだったんだけど、隣で女バス見てて、良いな~って思ってたの!」
「わたしは陸上部だよ。うん、走るのが好きだからね。……シオンも走る?」
「オレ? お料理研究会だぜ。エプロン似合う男ってモテると思うんだよな」
「アタシは魔剣競技部。当然でしょ。一分一秒だって無駄にはしない」
等々……、皆さんの意見を聞いて私はまたぼっちであることを自覚してしまったのだ。みんなに部活で友達出来たらまたぼっちになっちゃうよ……。
しかし、私もどこか部活に入って友達を探せばいいんじゃないかしらと思いつき、とりあえず気質が合いそうな文芸部に行ってみることにした。
図書館なら授業の勉強の続きができるし。
第一校舎の中心には円形の塔が建っている。それは地下7階から地上8階まである巨大な図書館だ。
地上階から扉を開けて中に入ると、埃っぽいけど落ち着く匂いがして、重厚な空気が時間を止めているような感覚に陥った。
吹き抜けの天窓から陽光が差し込み、その空間は自然光によってのみ照らされていた。
誰もいない……。静謐な空間が広がっている。
けれどふと視線を向けた先に、その人はいた。
「やあ、太ももちゃん」
私を見て変な名前で呼んだその人は椅子に反対向けに座り、背もたれに腕と顎を乗せていた。
その人を知っている。そうだ、確か破戒律紋寮の監督生で7年生の……。
「八神ライザ。ライザでいいよ」
そのすべてを見透かしたような視線に背中がざわついた。だけど、この出会いが何かを生むような予感がしていたのも事実だった。
ライザ先輩は若干微笑んだままで、真っ直ぐこっちを見つめ、そしてこういった。
「よろしくねシオンちゃん──ファイトクラブへようこそ」
「ちょっと面白そう」と思っていただけましたら……!
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