112 七年生
■SIDE:UNKNOWN
八神ライザは腕を片方ずつ伸ばしながら正門へと向かった。
彼女が降神オリガからの連絡を受けて一時間。魔刃学園七年生は、もう既に目標である鐘楼を落とす算段をつけていた。
八神ライザは隣にいる荒川ハヤテを小突いて話しかける。人見知りの荒川ハヤテは未だに八神ライザの距離感に慣れない。
「どこが一番強いと思う?」
「えっ、弱いところじゃなく……?」
「そそ。強いとこ」
「東雲スズカ……だっけ……。一年生一位の。その子がいるところじゃ……?」
「でもあからさまじゃんね」
「ま、まぁ……」
荒川ハヤテは今年の一年生は名家出の子が多いなぁとぼんやり考えていた。
「ハヤテは誰に着いてく?」
「うーん……。あんまり働きたくないからカナンかな」
「かー、ぺっぺっ。やだやだ。消極的なんだから」
「……だって疲れている僕たちが頑張るメリットってなに……?」
八神ライザは荒川ハヤテに肩を組んで、そして耳にふっと息を吹きかける。
「──久しぶりに本気、出していいってさ」
「……──」
耳に息を吹きかけられたことに対する男性的反応よりも、本気を出す許可がおりたという点に激しく興奮してしまった自分は、全く魔刃学園の学生だなと感じる。
「気が変わったよ。君についていく」
「定期考査で消化不良なんでしょ?」
ぶるりと震えた荒川ハヤテ。今度は先程とは打って変わって目の色が変わる荒川ハヤテが、八神ライザに肩を組んで、そして彼女の耳を強く歯で噛む。
「溜まってんだ──。もう学校ごとぶっ壊していいよなァ」
「はは。普段からそう居てくれよハヤテ」
魔刃学園の学生にはたった一つルールがある。それは、強すぎる学生の秘匿だ。
体面上はもちろん降神カナンと八神ライザがツートップの最強者ということになっている。
だが、この学園に七年間も居た人間がそう単純な強弱で測れるはずもない。
何故ならば、基本的に魔剣師養成校というのは世界的には三年制であることがほとんどだからだ。
そして魔刃学園での一年は、通常の養成校での十年に相当する。
濃度にして七十年分、ただひたすらに悪魔への対抗措置、兵器として自らを磨いてきた人間がどれだけ強いのか。それは計り知れない。
では、それを公にすべきか。抑止力として示すべきか。
否。それはならない。向こう側を刺激すればどうなるか分かったものでは無い。
だからこそ、降神カナンという明らかな最強者を表に立たせる。八神ライザという出たがりに最強を演じさせる。
そのほかの七年生を秘匿するために。
事実、七年生というのはひと並びに強いのだ。荒川ハヤテもその例外では無い。
これまでも七年生というのは当然毎年存在した。だが、今年は今までで最強の世代だと牡羊座こと魔刃学園学長は考える。
「まあ、強いって言っても悪魔の王を殺せてないんだからその程度って話だけどね」
八神ライザがひとりごつと、隣に座っている新羅セツナが異を唱える。
「今までその機会がなかったからじゃない? ほら、十三獣王を殺れたのは降神マユラだけだし。出てこない限りは無力さ」
爽やかにそう言うが、彼には自信が無い訳ではなく、出てきさえすれば殺せると言っているのだ。
「へえ。さすがリヴァイアサン」
「もう寮はなくなったよ。お嬢さん」
八神ライザを唯一女の子扱いする男だ。八神ライザは「げぇ」と嫌な顔をしてみせる。
「わたしらもどうせヴァチカンの高給の誘惑に負けて抑止力の一部になる。違う?」
新羅セツナは答える。
「俺は金を選ぶだろうね。面倒くさいのは嫌いだし。でも君は違うだろ? そう、君だけは違う。たとえ剣聖にならなくても、特異点を突き破りそうだ」
ご冗談をと八神ライザは笑う。
「わたしはどうか知らないけど、浅倉シオンならやるだろうね」
「君のとこの秘蔵っ子?」
「そう。既に山羊座と天秤座を手にかけてる。たった一年生でね。お前よりずっと強いかも」
ぴきっと音がした。それは、新羅セツナの手が触れる地面が割れる音だった。
「へえ。興味が湧くようなこと言うなぁ」
ゆっくりと新羅セツナは立ち上がる。
「それは、理解らせなきゃね」
そうして歩き出す同胞を見つめ、八神ライザは笑う。
「どっちが悪魔だよ」
そして魔刃学園、歴代最も強い学生たちが、後輩を「育てる」ために動き出す。
「ねえ、カナン。あんたも一緒に燃えてくれない?」
返事はない。
「つまんない男。まあいいけど。でもいい案でしょ? 久しぶりに七年生の本気が見られるのって」
降神カナンはただ静かに前を見ていた。
「どうでもいい」
静謐に言い放つ一言。だが、八神ライザにはそれで充分だった。
なぜなら、本当にどうでもいいのなら、降神カナンは口を開いたりしないからだ。
「さて、後輩ちゃんたち。悪魔よりも恐ろしいものがなにか、その身に覚えさせてあげよう」
ニタニタ笑う八神ライザを冷めた目で見る十四年生の鉄床コタツ。
はぁとため息。
「ま、前哨戦ってとこか」
そう言って首を鳴らし、彼女らもまた歩を進めるのであった。
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