閑話休題04
■SIDE:藤原イズミ
俺はどこで道を間違えたのだろう。
そんなのは決まっている。生まれた時からだ。
あの家に生まれ、こう育った。
だが。
だが、だからといって自分に責任がないという訳ではない──。
「なんでそんな難しい顔してんの?」
逆立ちをしながら棒アイスを咥える男子生徒がこちらに声をかけてきた。
確かこのアホ面は──ラタトスクの姫野だったか。
「お前今オレのことアホだと思っただろ」
「しまった」
「答えてんじゃねぇ!!」
不思議な男だ。あの定期テストの試合を見ても、なおリヴァイアサンであり、家柄的にも面倒な俺と関わろうとするなんて。
「へぇー。やっぱ難しいこと考えてんなーと思ったんだわ」
「俺は、嫌な人間だ。それは浅倉と関わったからといって簡単に変わるものでも無い」
「藤原の家ってさ、中尊寺近い?」
え、いきなりなに???
「近いが? というか、一帯は昔からうちの家が守をやっている。だから名家と呼ばれているんだ」
「それもそうか。いや、冬休みに岩手行こうかなーって。帰省するなら案内してくんね?」
「するわけなくないか? 性格的にも、立場的にも」
「え、ノリ悪いやつだなー」
こいつ逆立ちを崩さない……。器用なやつ……。
「逆になんでいけると思ったんだ」
「いやさ、今寮がひとつになって、全員と友達になれるチャンスだなーと思ってさ、その一人目にお前選んだの。難攻不落そうだから」
「東雲家絡みでお前と揉めるつもりは無い。だが、仲良くする気も──」
「仲良しこよしだけが友達じゃねーよ」
「え?」
平然とした顔で食べ終わったアイスの棒をガジガジしている姫野。
「お前って友達少ないだろ?」
「ああ。自慢じゃないが、ひとりもいない」
「かわいそう」
憐れまれた……。
「友達ってさ、まあ、居て嬉しい時もありゃ、居てクソうぜえ時もあるんだ。そんで、諸々をプラマイゼロにしてくれるから、自分にとって過不足ないわけ」
俺が分からないでいると、姫野が加えた。
「与えてばっかでも貰ってばっかでもダメ。甘やかすだけでも傷つけるだけでもだめ。友達っつーんはそういうもんだと俺は思う」
だからそれをなぜ俺なん──。
「オレは単純に人が好きだし、友達増やしたいだけなんだけど、友達なろーや」
「随分システム的だな?」
「オレは目が合ったら友達だと思ってるけど、お前って契約とかにこだわるタイプだろ?」
「それは確かにそうだが」
「ハードルは下げた方がいいんだ。で、友達なる? ならない?」
「メリットがない」
「これから探せばいいんじゃね?」
「……? そういうものなのか?」
「だって、人は人それぞれ違うじゃん。その間柄で何が起こるかなんて、マジで人それぞれだと思う。まあ、オレはこうして話してるだけで楽しいけどな」
友達──メリット──。
「特にお前はオレのこと単純に傷つけてくれそうだから」
「マゾヒストなのか?」
「ほら言ったじゃん。友達は傷つけてくれるやつのがいいんだって。最終的にそいつにとっての過不足ゼロになりたいわけよ」
逆立ちで自分の友達観を語るこの男を不思議とそのうちに俺は嫌いでは無くなっていた。
本当に不思議だ。藤原家やリヴァイアサンという檻の中にいた頃は、友達を作ろうなどと思ったこともなかったのに。
「あ、姫野っちヤピー」
「おう、カザネヤピー」
風呂上がりの燐燈カザネが姫野の横のソファに座った。燐燈とは同じリヴァイアサンだったが、会話をしたことは無い。
「何の話〜?」
「コイツと友達になろうとしてんの」
「ほほーう。確かに、もう同じかまの飯を食った仲間だもんねー。アタシもまーぜて」
「燐燈カザネも俺と友達に……?」
「いやいや! アタシ入学式の時から五千回はフレンド申請してるからね???」
「五千回も……手を煩わせたな。それは俺がひとえに性格が悪いから──」
「やや五千は盛ったけど」
「盛るなよ。コイツほんとに受け取っちゃうから。多分折紙属性だぞ」
髪をパンパン叩いて拭きながら燐燈カザネは続けた。
「まあでも、確実にここに来て顔つき変わったと思うよ? 昔ってなんか、ほんと氷のお墓みたいな顔してたもん」
「氷のお墓ってなんだ」
「ほら、低レベルでもツッコミできるようになったし」
ツッコミ……。そういえば……。
「ははは。まあ、無理な話だよ。変わらないなんてことは。特に浅倉と関わったやつはな」
姫野と燐燈は顔を見合せ笑った。
「あれはウイルスだと思ったらいい」
「ウ、ウイルス?」
「そ。人の障壁をトロトロに溶かして、そのトロトロを道にしてくれるウイルス。もちろんその道は踏んで固めなきゃいけない。でも、彼女はアタシたちをそう変えてくれた」
「うちのじゃじゃ馬もお世話になったし。浅倉シオンってのはそういうやつだ」
「俺も何か変わっているんだろうか。変わることがいいのかすらも分からないのに──」
「藤原イズミというひとりの人間が、行く末を考えているということ自体が答えだよ!」
……そうか。俺は変わらないなどと思っていたが、変わってもいいんだ。
どう変わるべきかはこれから考えればいい。
家ではなく、魔刃学園で剣を学ぶ理由は、そこにある。
ならば──。
「……姫野」
「んー?」
「友達の契約を、結ぼう」
「ぶッ」
「ぶふー!!」
ひーあははははは。ふたりの笑い声が談話室を包む。
「ほんとに契約って言った。あははは」
「イズミっち硬いよ!」
「まーでも、藤原がそれで納得するなら、うん、そうだな、契約だ」
よっと逆立ちをやめた姫野が手を差し出してくる。俺は恥ずかしかったが、そこに手を合わせ──ようとしたところに燐燈カザネが上下からギューッとサンドしてきた。
「アタシも! ね! 入学の時からのフレンド申請なんだから」
「じゃあ、えっと、承認する」
やっぴー! と彼女はニコニコ笑ってくるくる回った。
「ふふっ」
あれ?
いま、俺は笑ったのか?
「いや……気のせいだな」
心の底から笑える日が来るのなら、きっと、その俺はもう一段上のステージにいる。そんな気がした。
姫野が耳打ちしてくる。
「燐燈は競争率高いぞ……」
「何の話だ」
「あちゃー、そっちはまだ先か」
何の話だ……?
まあいい。まだ大晦日まで時間はある。
それまでは、ちゃんと自分と向き合えるようにしよう。
そうしよう。
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