108 内部調査室
■SIDE:UNKNOWN
フロストがヴァチカンよりこの名前を受け取ったのはもう十年も前になる。
その頃はまだ彼女は幼く、その名前ひとつで将来が決定されるとも考えてはいなかった。
だがその名前は、彼女の非人情的で冷酷な性格を端的に表した良い名前だと周囲は侮蔑の意味を込めてそう言った。
フロスト自身はというと、そういった周囲からの視線というものにまったく関心を抱いていなかった。
つまり、そういう性格はやはり内部調査室という仕事に向いていた。
新たにヴァチカンと協力体制になった極東の「魔刃学園」という組織。フロストが新たに調査をすることとなったが、彼女はヴァチカンがそこまで魔剣師養成校に拘泥する理由が分からなかった。
それこそ魔剣師養成校など、世界には多くあり、優秀さで言えばイングランドかボストンのほうが評価が高い。
だが、調べるうちに魔刃学園という組織の──否、魔刃学園という学校の皮を被った「軍事力」の異常さに気づいていった。
彼女はまずヴァチカンの機密文書館に向かい、極東の文献を調べた。日本語に関してはさほど難しくはなかったが、最も驚いたのは、その組織が作られる時のヴァチカンとの契約書自体が、この文書館において最も古いものであり、「あちら側」の言語が用いられていることだ。
悪魔の言葉。それが使われているということは、魔刃学園の中には悪魔がおり、それが言葉を話す、少なくとも上級以上の悪魔であるということだ。
──ヴァチカンはそれを黙って見過ごした? 一体なぜだ。
当然ヴァチカンへの疑念は湧いた。だが、ここではそれを後回しにしなければならない。
目下の問題は、ヴァチカンが、学園と偽る軍事力を、水面下で手中に収めたということだ。
フロストにとってヴァチカンは家だった。その家が、戦地に赴こうとしている。
「主よ……」
止めたいが、ロサンゼルスでの一件を見逃すはずもない。
人間の単純軍事力がどれだけ悪魔に対抗できるかはおよそ想像の及ぶ範囲だろうが、その無駄な抵抗という時間稼ぎが終われば、新しい戦争が始まる──。
フロストは機密文書館から秘密裏に王庭十二剣の現所有者のリストを持ち出した。
その持ち主が魔刃学園に集中していることこそが、魔刃学園が隠しているなにかにつながると踏んだのだ。
特に最後の一人は不思議だ。
これまでなんの実績もないのに、唐突に魔剣レーヴァテインの所有者となっている。
──浅倉シオン。
彼女が一体何者で、戦争を加速させるのか、戦争を止めるのか、それを調べなければならない。
***
「あの、大丈夫ですか……?」
こぢんまりとした少女がフロストに声をかけた。フロストは自身がひとつの物事に集中してしまうと寝食を忘れるということを忘れていた。
魔刃学園の敷地内にてふらふらと倒れたフロストは、その少女に水とパンをもらい息を吹き返す。
「行き倒れは慣れているので大丈夫です!」
どんな学校だ……。フロストは不安になったが、ともかく学生との接触には成功した。
あとは浅倉シオンという人物について、見つからずに、偵察を──。
「え、はい、私ですけど」
浅倉シオン、いた。
フロストは自分が恥ずかしくなった。だが、ここで折れるわけにも行かない。彼女がヴァチカンにとって有益なのか有害なのかを見極めなければならない。
……だが、行き倒れに水とパンをくれる子が、有害だとはあまり思えなかった。
するとそこに、ひとりの女性が歩いてくる。
「あ、オリガ先生」
「今日のメニュー渡しとくわ。ちょっと滋賀の特異点見に来てくれって頼まれ──ん? あれ? フロストじゃん」
降神オリガさん!?
ヴァチカン宗主直轄部隊Swordのリーダーにしてエクスカリバーの所持者!!!
「オ、オリガさんが何故ここに……」
「ここで先生やってんの。お前は?」
「し、仕事で」
あっ、言っちゃった……。
「オリガ先生、この方は?」
「えっとね、ヴァチカン神学校の後輩。すっごいドジなんだけど、頑張り屋さんだからヴァチカンで働いてんの。内部調査室だっけ?」
「えっあっ、はい」
「多分お前とかライザのこと調査しに来たんだと思うよ。王庭十二剣の資料を無断で持ち出した奴がいるってメール来たもん」
「え、私ですか? あ、じゃあイオリ呼んできましょうか?」
「いーよいーよ。この子は自分で頑張れるから。な、フロスト」
「わ、私は……冷徹で冷酷な女……」
「ダメだこりゃ。拒絶モードになっちゃった。フロスト、ヴァチカン帰れないだろ。お仕置されるぞ」
「う、うぅうううう!!」
「仕方ないな。なあ、ここで学生を教えてかない? 今人手が足んないんだよ」
「うぅ……」
フロストは深くため息をつき、涙目で頷いた。だが、タダでは起きないこの女。先生として学園に潜入し、必ずやその闇を暴いてやる! そう胸に誓った、内部調査室庶務係、フロストであった。
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