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107 文化祭の季節

「文化祭をやるんだよーっ!」


 早朝、私がラタトスク時代と変わらずパンをこねていると、ダイニングの方から幼女学長の声がした。


 学長先生のことは、牡羊座と呼んでも問題はなかったけど、皆もう何となく幼女学長は幼女学長と呼んでいる。それは私たちが思っているよりもずっと、彼女が私たちのことを大切に思っているというのを感じ取ったからだ。


「幼女学長おはようございます」

「おはよう浅倉さん!」


 あ、角が一本無い。


 幼女学長の角から十三本目の王庭十二剣を作ったというのは本当だったんだ。いやまあ、本来角があるのもおかしいんだけども。


「みんなでね、文化祭やろうよ!」


 先生が唐突にそう言って飛び跳ねた。


「え、でもロサンゼルスが陥落しましたけど……」

「今は物理戦争のシークエンスだからね! 魔剣師の出番はまだだよっ!」


 そう考えれば確かに、テレビが連日報道しているのは自衛隊の派遣や国連軍の動向について。


 対悪魔兵器や魔剣師の話はまだ出ていない。


「メンツの問題なんだよねっ。人間たちは人間たちで、解決したいみたい! だから時間をくれるんなら貰っちゃおって!」

「確かに、上のいざこざの分、訓練する時間は出来ますね」


 訓練というか、オリガメニューは地獄だ。軍の特殊部隊だってあんな訓練してない……。昨日なんて腰まである泥の中で二十キロ行軍したし……。


 ただ、その分身体が強くなっているような気はする。それも当然だ。本来七年かけてやる魔刃学園のカリキュラムを、最長二年のうちに終わらせると目の前の幼女が言ったのだから。


「そんなゲンナリしてると士気が下がるからね! 文化祭をしようよ!」

「飴と鞭というわけですね」

「そうだよ!」


 あけすけと……。


「でも文化祭と言うには人が少なすぎやしませんか?」


 現在、全学生で三十人ちょっとしかいない。その中で文化祭と言っても……。


「文化祭と言っても、みんなででっかいパーティーをしようと思うんだ! きっと楽しいと思うんだけど、どうかなぁ」


 学長がそう言うので少し考えてみる。オリガメニューを一日パスできるのはありがたい。

 でも文化祭ってそもそも経験したことないし、どんなことするのかよくわかんない。

 漫画でよく見るのは「ちょっと男子! 看板作り真面目にやんなさいよねー」とか「う、うるせー。やりゃいいんだろ、やりゃ」みたいないざこざの後、なんやかんやあってメインカップルが進展する重要行事。


 ん? 進展がある、だと……?


 私は瞑目する。思えばあの花火大会以来、私と折紙アレンは二人きりで話したことなどなかった。現在進行形で世界情勢が動くせいで、私の青春は枯れ始めている。


「先生はね、みんなから大人が奪ってしまった青春を返してあげたい。……なんなら温水プールのチケットもつけちゃうよっ」


 なんっだとっ……?


 私たちは夏休みに一度海へ行く予定を立てたことがあった。


 スズカは日焼けが嫌、ナズナはナンパのトラウマで嫌、イオリはバリ旅行中、姫野はナンパで振られたトラウマで嫌、アレンは泳げないから嫌、牧野は絶対嫌、とのことで開催は秒で粉砕された。


 だけど、私は海というものに憧れがあった。というか、そういう、薄着でも出かけられる信頼し合える誰がいる青春に、私は憧れがあったのだ。


 結局それは言い出せなかったけど──。


 温水プールなら、オールクリア出来ないかな……?


 日焼けなし、ナンパは私が破壊する、イオリはいるし、姫野は引きずる。アレンには浮き輪を渡し、牧野は……まあ嫌なら置いていく。それに今は寮に他にも沢山の人がいる。


 また花火大会みたいに楽しい思い出が作れるかもしれない。


「先生……文化祭がしたいです……」

「有名なセリフだね!」


 違うそうじゃない。まあいいや。


「じゃあ私、実行委員やりましょうか?」

「浅倉さんならやってくれそうって、ちょっとした下心もあったんだー!」


 ぺろっと舌を出す小悪魔。悪魔の王だけど。


 まあいいでしょう。やってやりますよ。


「じゃ、その代わりと言っちゃなんですが……」


 私は、先生たちによる劇をひとつ披露して欲しいと持ちかける。


「くくくくく。最高だよっ!」

「ふふっ、なんか、楽しくなってきましたね」


 あれやこれやとアイデアが出てきて、私たちは楽しくなった。そして話していると、そこに早起きの乙女カルラが降りてくる。


「あ、学長。おはようございます」

「おはよっ!」


 かくかくしかじか。


「へぇ、文化祭かぁ。酒類は禁止にしましょう」


 めちゃくちゃ真顔。


「カルラってなんでか成人女性に絡まれるよね」

「未成年にもな……」


 女難とはこのこと。


「しかし、その資金はどこから?」

「それはね、大丈夫!」


 私とカルラは疑問符を浮かべる。だが、幼女学長には明確な根拠があった。


「ヴァチカンとヴァチカン銀行、両者と契約したんだっ。この先、聖櫃の下僕(スレイヴ)との全面戦争に向けて、正式に、うちから剣聖(パラディン)を出すって」


 私とカルラは心臓が震えた。


 七年間空座だったその剣聖(パラディン)の席に誰かを座らせるということは、前剣聖(パラディン)の殉職を意味する。


 そうか、死亡が受理されたんだ。


 カルラは御前会議との連絡のためパンをひとつ持って自室に戻る。


「これを伝えたかったんですね」

「ごめんね、悪魔は不器用なんだっ」


 私はその後、パンを持って離れにある降神オリガの小屋を訪ねた。そこには、一人静かにコーヒーを飲む、静かな降神オリガが座っていた。


「アレンには私が伝えるよ。兄貴はあんなだからさ。まあ、あの子は強いから大丈夫だろう。……それよりも、なんで私の方に来たの?」

「なんとなく、です」

「やっぱり慧眼だな。うん、そうだね。ひとりでいたら、柄になく泣いていたかもしれない」


 そう言って彼女はもう一杯コーヒーを入れてくれた。


 浅煎りの黒い液体が、喉を通っていくのを、しっかりと感じた。

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― 新着の感想 ―
[一言] 30人前後での文化祭……これはこれでオツってヤツよ(`・ω・´)
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