105 お引越し
「ナズナ〜。朝ごはん出来たよー」
綾織東雲の部屋に行くと、ぐちゃぐちゃの部屋の中で少女がふたり雑魚寝していた。乙女としてどうなのよ。
「ほら起きて。夕方にはトラックが来るんだから。荷物まとめないと」
私がふたりを揺すると、ナズナの方は噛んできやがった……。この子噛みグセあるのよね。スズカは雑魚寝でも横倒しの直立不動。部屋がぐちゃぐちゃなのはナズナの仕業だなと理解する。
「んむ……。あ、おはよう、浅倉」
「おはようスズカ。眠れた?」
「……んーん。あんまり。あんなことがあったからね。アンタは?」
「私は疲れてたから逆に眠れちゃったよ」
「この子もそうみたい。わたわた焦って騒いで引越しがどうとか世界がどうとか喚いて跳ねて、電池が切れたみたいに眠ったわ」
「ははっ。ナズナらしいね」
それから寝ぼけているナズナの服を脱がし、室内着に着替えさせる。スズカは引越しで動きやすいようにスポーティなハーフパンツとパーカーだった。
「綿以外も着るんだ……」
「アタシのことなんだと思ってんのよ。まあ、定期考査前のアタシなら化繊なんて着なかったわね」
「心境の変化?」
「分かってるくせによく言うわ。……物事、変わる時は変わるものよ。受け入れて、進んでいくの」
袖でナズナのヨダレを拭く。
「うん、そうだね」
***
食堂に向かうとまだそんなに人は揃っていなかった。イオリは当番なので、厨房でせっせと朝ごはんの用意をしてくれている。
「イオリママ。寝坊助たちを連れてきたよ」
「ありがとう。にしてもさ、なんでシオンのパンってこんなにもっちりするの?」
「隠し味があるからね。パン屋秘伝の」
「わ、聞きたーい」
そうしてゆるふわフィールドを形成していると姫野がやってくる。
「女子の会話ってなんでこんなに生産性がないのに永遠に聞いてられるんだろうな」
「朝から気持ちが悪いね姫野」
あと生産性がないとか言うなし。
「男子だって女子のニーソかタイツかとか話してるじゃん」
イオリが反撃すると……。
「生産性しかないだろ。あと生足もな」
とか言うので玉を蹴り上げた。
そこに眠そうな牧野がやってくる。
「なんでこいつ倒れてんの?」
「かくかくしかじか」
「ははん、なるほど。妥当だな」
そして、ライザ先輩とか眼鏡先輩も下りてきて、最後に折紙アレンを引きずる見慣れない先輩がやってきた。
見たことがない先輩だ……! 模擬学生じゃなかった本物の人なんだ。
ちなみに模擬学生はこの世界に本当にいる人間をトレースしたものだという。私たちと過ごした記憶は当然ないけれど、その人自体が消えてしまった訳では無いと知って、皆はほんの少しだけ安堵した。
だけどこの人にはあんまり覚えがないな。生活の時間が合わないとすると、運動部とか?
「あの、なんか、階段で寝てたんだけど、このデカいの一年の子だよね?」
「はい。すみません、お手数をおかけしました。すぐ寝るんですアレン」
「あー、アレンって折紙アレンか。大丈夫大丈夫。デカい割に意外と軽いし」
そこにナズナがやってくる。
「あ、鳩麦センパイ!」
おや? ナズナの知り合いかな?
「センパイ、この子ですよ。例の十一時間」
「あ! 太ももちゃんか!」
なんだ太ももちゃんって。確かに太ももは太いが……。不名誉な呼び方だ……。
「あ、ごめんね、ネットのノリで。えっと、俺は鳩麦シンタ。バスケ部の生き残り……と言えばいいのか複雑だけど、綾織の先輩をやってんです」
「バスケ部の!」
ナズナはバスケガールである。
「うちの子がいつもお世話になっております」
「こちらこそ後輩がいつもお世話に……」
「もう! あたしがダメな子みたいじゃん!」
私と鳩麦センパイは同時に「自覚ないんだ……」という顔をした。
するとライザ先輩が混ざってくる。
「太ももちゃんはね、ネット音痴なの」
「あ、そーなんすね」
「この前なんか配信ボタン押しちゃったまま着替えてパンt──」
──GRASH!!!!!
「す、すごい、無詠唱の魔剣技を撃てるなんて!!」
「八神先輩が壁に突き刺さった……」
まったく失礼しちゃう!!!
それでも、暗いよりはずっといい。ライザ先輩なりの気遣いというか、みんなが少しずつ持っている不安を、みんなでちゃんと分け合っているんだ。
それがわかっただけで、私はここに来られて良かったと思った。
「シオン〜。ラタトスク寮最後の朝ごはんだよー!」
「はーい!」
私はライザ先輩を引っこ抜いて寝てるアレンをビンタで叩き起す。
みんなが席につき、自然とライザ先輩の方を向く。立ち上がったライザ先輩に続いて、みんなが自然に立ち上がる。
そして、彼女は大声で叫んだ──。
「破戒律紋寮のモットーはひとぉおおおつ!!!!」
全員で、叫ぶ!
『戒律なんてクソ食らえッ!! 魂だけが道標だッ!!』
環境が変わっても、世界が変わっても、私たちの魂は変わらない。変わらせない。
そして私たちはラタトスク最後の日を掃除に荷運びにと忙しく過ごした。
最後にみんなで記念写真を撮って、そしてフェニックス寮に向かう。
きっと他の寮も寂しさに潰されそうなはずだ。みんなで乗り越えるんだ。
私たちは入居した時より少しだけ大人になってこのお城を後にした。
ありがとう、ラタトスク。さよなら。
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