104 ロサンゼルス宣言
「偽皇帝の遺筆は未来を記述する」
ライザ先輩の言葉は素直に受け入れるには突飛だった。
「未来って……未来ですか?」
「そう。未来だよ」
果たしてそんなことが可能なのかはさておき、これでライザ先輩は王庭十二剣を二本所持する。彼女は代償に何を持っていかれたのだろうか。
「この万年筆を紙に当てるだけで、この先丸一年分の事象を記述することが可能だ」
「……それは確定した未来ですか?」
「君は聡明だね。いい質問だ。──確定した未来ではない。時を司る十三獣王が作ったものでは無いからね。あくまで超高精度の予測をするものなんだ」
「だったら、それで勝つことなんて──」
ライザ先輩は指を振った。
「少なくとも、誰が死んでいるかの予想を外すために動くことが出来る。それだけで、私たちは有利だ」
「──そうか、死なないことが一番の勝利条件なら」
私がそれを使ったらどうこの先動けるのかを考えていると、ライザ先輩は私の手をとった。
「そして未来に予測された死を回避するために、わたしはもう動き始めようと思う」
「そうですね、やるなら早い方が!」
「うん。君ならそう言うと思った。だから、あえて君には伝えるよ」
その妙に正した言い方が気になった。この人がそうする時は大抵良くないことが起きる。
「来年の八月八日。君はクラスメイトを皆殺しにして、この万年筆で命を絶つ」
***
ライザ先輩が言うには、万年筆が出した結論はそうだったらしい。
私はそれが未来だなどとは思わないが、未来であるが故に、否定することも出来なかった。
千里行黒龍を殺すことができる唯一の魔剣、偽皇帝の遺筆。それを用いたということは、きっと私は自我を失っているのだろう。
だが、だからといって友達を殺すなんて、そんなことを考えたくもなかった。
『かかか。人間どもは短い時を生きるが故に目まぐるしいのう』
「ミーちゃん」
私はラタトスク寮の屋根にのぼり、そこから星を眺めていた。話しかけてきた千里行黒龍が、不思議とそばに居るような感覚がした。内側にいるのは間違いないけれど。
「ミーちゃんは私を乗っ取って、みんなを殺す?」
『我は如何なる思考、行動に於いても無駄を嫌う。裏を返せばそれが合理的であるならば迷いなくやるだろう、ということじゃ』
「そっか」
悪魔の言としては極めて正しい。でも、可能性があるというだけで、私は苦しかった。
『そう己を責めるな娘。我は悪魔だが、お主の目指す「救済の道」は決して馬鹿にできたものでは無い。我は無駄だとそれをしないが、それを目指せるのがお前であろう』
「悪魔に励まされてる……」
『かかか』
外側から攻めてくるという意味で「来訪者」なんて呼んでたけど、もうすっかり馴染んでる。だから、私はもう悪魔を悪魔と呼ぶことに抵抗はなかった。
『「救済の道」は修羅の道。決して簡易ではない。それでも我をここに封じた娘も、そしてお前もそこを往く──。我は「希望」を食う悪魔。故にお前に手を貸すのじゃ』
「希望を食べる……って、それなのに破壊をするの?」
『人間は停滞すれば奢る。希望を捨てる。壊さねば新たなる希望は芽生えない。摂理であるから、我はする』
その行いを決して肯定出来たものでは無いと思ったけど、規模の違う彼女の理を否定できるほどに自分に確固たる事実があるとも思えなかった。
「ねえ、それなら──敵は何を食べるの?」
『お主が敵を何とするかじゃな』
「……そうだね。それが私にはまだ分からない。目の前の人を救えもしないし」
『卑屈な女じゃな。モテないぞ』
「うるせっ」
『──まあ、我は異端であるからな。対となる存在はいない。だが、我を執拗に狙う者はおる。万獣の長の名を冠する王、獅子座。──奴は「絶望」を食う』
「獅子座は、絶望を、食べる」
その時、屋上の扉がバンッと開いた。
「シオン! 大変なことになってる!!」
ナズナが血相を変えてこちらに叫んだ。私は彼女と共にテレビのある一階談話室に向かった。
テレビの中ではいくつもの報道ヘリが飛んでいた。その中でリポーターが叫ぶ。
「皆さん、ご覧下さい! こちらはロサンゼルス上空です! つい先程──ヘリ安定させて! アレを映して! 皆さん、つい先程──」
リポーターの口から語られた言葉に、私たちは血の気を引かせた。
「──ロサンゼルスが消滅しました」
***
『皆様ご機嫌よう。私の名前はタルタロス。十三獣王が一柱、蠍座の眷属でございます。この度は、誠に遺憾ながら、人類様におきまして、我々への敵愾心をお見受け致しましたので、この地を破壊させていただきました。つきましては、今後この地域及びアメリカ大陸は、我々聖櫃の下僕が統治させていただきます。おや──嗚呼、アメリカ様。自国へ最終兵器を投入することをお考えのようですが、無駄なことですので、おやめ下さい。嗚呼、我々とて、無駄な被害は──』
顔面が一瞬で明るくなり、ヘリが乱気流に飲まれたように、画面がぐちゃぐちゃになる。
だが、人類の最後の手立ても、それを葬るには足りなかった。
『──人間様。悪魔は無駄を嫌います。なぜこのような……。嗚呼、躾にもっと殺さねばならなくなりました。嗚呼、なんて、時間の無駄なのでしょうか……』
そこでヘリは急降下を始め、通信が途絶える。
「──宣戦布告だ」
ライザ先輩がそう呟くまで、誰も一言も発することは出来なかった。
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