103 偽皇帝の遺筆
全校集会──千人規模からひとクラス規模となった全校集会が終わった後、流石にその当日では心が辛いだろうと、私たちは各々寮に帰り、明日までの時間を過ごすこととなった。
今後は寮の隔たりが無くなり、安全のため、ひとつの宿舎で生活をすることとなるらしく、どの道この人数での運営は不可能なので、私たちはそれを受け入れた。
候補地はフェニックス寮の居城。キュクロプスの工房やリヴァイアサンの訓練場等は一部移設されるが、それぞれのホームとはお別れになる。
今日一日で、色んなことが目まぐるしく変わった。ただ、学生たちは、それに狼狽えている暇などないことも理解していた。
だからこそ、私たちは誰が言い出したでもなく、談話室に集まり、椅子や机を退けて、背中合わせにもたれあった。
ひとりでも抜けたら、崩れてしまいそうで、でもきっと、それが伝えたかったんだなとみんなで理解していた。
姫野なんかは、お料理研究会の人達が偽りの幻影だと知って、思うところがあるはずなのに、私たちを笑かそうと漫談をした。相変わらずすべっているが、今はそれがありがたかった。
スズカもあの場では強がっていたが、私がそっと手を握ると泣き出してしまった。きっと、誰もが喪失して、もうあの頃は戻ってこない、不可逆的なことが起きたのだと、ゆっくりと理解し始めていた。
「たとえ紛い物でも、俺たちにとっては本物だった。忘れない限り、死なない」
アレンが言うと、ナズナが立ち上がった。ひとりすっぽ抜けたので、みんなくしゃっと体勢を崩した。ナズナはこっちを向いて、私に手を伸ばした。
そして、私の止まらない涙を、手で拭って止めようとしてくれた。
それでも、内から溢れる言葉は止まらなかった。
「──全部、私のせいなんだ」
私が強さを求めたせいで。誰かに悲しみを背負わせてしまった。
「私なんかがいなければ──!」
「違うよシオン。それは違う」
彼女の手は冷たくて気持ちよかった。自分の顔が必死に涙を止めようともがいて熱くなっているのがわかった。
「初めからみんな嘘に生きてたんだ。……その責任は、ここにいる誰のものでもないよ。強いて言えば大人がわるい。その責任をシオンひとりに背負わせてたまるか」
彼女だって泣きながら、私の頬を拭ってくれた。
「みんなで強くなるって、オリガ先生は言ってた。そこだけは納得できる。シオンだけを先に行かせたりしない。ここにいる学生みんなで、行くんだよ」
私は気がつけば全身をナズナに預けていた。彼女は嗚咽する私の背を静かに撫でてくれた。
「明日から、また歩き始めよう。一緒に」
こうして私たちの歪で、間違った青春は幕を閉じた。
それでもきっと私たちは間違え続けるのだろうと思う。それくらいは、許して欲しい。私たちは悪魔じゃなくて、人間なんだから。
それもまだまだ未熟な──傷つき、癒し合いながら、一歩一歩確かめるようにしか歩けない、若葉なのだから。
だけど、私たちはこの青春を上書き保存をしたりしない。
名前を付けて、大切に胸の奥に保存する。
これからを描くのは、また別のファイルだ。過去を捨てずに、私たちは歩くことが出来る。
だってそれは、不要なファイルなんかではないから。
ナズナは思いやる言い方で、そして決意を固めたような声で、言った。
「泣くのは今日で最後にしよう」
みんながナズナを見て頷く。
だから今日だけは──彼女がぽしょっとそう呟いたような気がした。だがそれは、隣を落ちていった雫だったのかもしれない。
それから私たちは残っていたカレーをよそって食べて、ラタトスク寮で過ごす最期の日を過ごした。
特別に落ち込んだりはもうせず、ただ色んなものを見ては懐かしんだり、もう居なくなった人達との思い出を、夢のように忘れてたまるかとノートに書き記したりしていた。
八神ライザ先輩は懐かしむように壁に触れながら階段を降りてくる。
「や、シオンちゃん」
「先輩」
「ごめんね、今までなにも言えないで」
「牡羊座との、そういう契約なんですよね。聞きました」
「幻想守護聖は『青春』を食う。この箱庭の代償さ。もちろん口外は出来なかった」
ライザ先輩の目はもう覚悟を決めているようだった。
「わたしたちは特級夢想結界を失った。どんな敵が来るか分からない。その代わりに、手に入れたものもある」
「レーヴァテインですか?」
「ううん。それは元々こちら側のものだ」
「じゃあ──」
八神ライザは一本の万年筆を取り出した。
「偽皇帝の遺筆。十三本目──最後の王庭十二剣だよ」
十三本目……?
「王庭十二剣は、ヴァチカンが作られるより前の時代に作られた、十三獣王を殺すための魔剣だ」
それは確かに授業で習った。だけど、それが十二本あるということしか知らない。
「では十三獣王は何柱いる?」
「──十三」
「異端である千里行黒龍の分、足りないんだよ。そして牡羊座が自らの角を切り出してこれを作った」
「結界か魔剣かで悩むような、強力なものってことですか?」
「そう。これを使って、わたし達は戦争に勝つ」
「どうやっ──」
「この魔剣は、未来を記述する」
そう言って、ライザ先輩は虚しそうに微笑んだ。その代償は、わからない。
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