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95 救難実習①

「みんなおはよう。私は降神オリガ。今日からこの学園で魔剣実習の担当になった。厳しくやるから、よろしくね」


 長い足は白のロングスカートに隠されて、それでも、きっとその服装ですら私たちは敵わないと思わされる迫力があって。


 少したれ目だけど、億劫そうなその瞳の奥には、虚空が覗いていた。


 生徒の前で淡々と話すオリガ先生の迫力に皆気圧されていた。というのも、彼女が手を適当に置いているのは、王庭十二剣のひと振り、エクスカリバーなのだ。


「あの女がエクスカリバーを使ったとこ、見たことがないって話──」


 スズカが小声で私に話した。


「──剣を抜く前に敵は死ぬ。兄さんが言ってた。魔力なし(プレーン)のやることじゃないわね。強すぎるのよ」


 最近、本格的に上を目指し始めたスズカは、定期的に円卓騎士(シージ)のお兄さんと話をしているらしい。仲良くならなくてもいいから確執がなくなるといいな。


「だとしたら私たちに剣を振るったのは?」

「わからない。何か考えがあるのかも。アタシたちに共通していることがひとつあるでしょ」

「恋にうつつを抜かしている──?」

「ばか。十三獣王キングスよ」


 たしかに。私たちは普通に考えたら敵側の諸王の二柱を背負っている。警戒してエクスカリバーを抜いてもおかしくない。


 でも死んでないってことは、見逃されているのか……?


 オリガ先生は後ろにある住宅地模倣実習場を軽く見た。


「魔剣実習と言っても、そんなに難しいことはしない。来訪者リーク──私の授業ではそれを『悪魔』と呼ぶが、悪魔を模した行動をする班とそれを狩る魔剣師の班に分かれて、第一戦線環境の再現をする」


 第一戦線と言えば、奥多摩よりも不安定な特級特異点、滋賀湖北特異点に展開されている戦場だ。規模は奥多摩よりは小さいが、過活動特異点であることを考えれば、充分、実習の現場足りうる。


 今回の場合は模倣したものだけど。


 そこで降神オリガはスっとエクスカリバーを持ち上げ、私たちの集団をちょうど真ん中で分かれるように示した。


「剣より左が悪魔、右が魔剣師ね」


 この実習は全寮合同で行われる為、人数は四十人を超えていた。


 私は魔剣師側か。


 他にはスズカと牧野とイオリ、他の寮ではカルラと妻鹿モリコが居た。


「クヒ……浅倉シオンと……同じ」


 ひゃいっ!?


 それはともかく、相手の悪魔サイドは割とそうそうたる面々だ。


 特に脅威なのはアレンと藤原イズミだろうか。ナズナの幻影への変身(ファントムカフカ)も結構怖い。


「──そして、魔剣師はこいつを守れ」

「はぇ?」


 フェニックス寮がたむろしている辺りにちょこんと、小動物然とした具合でいた女の子、確か名前は──最上アズキ。


 彼女が変な声を上げながら、首根っこを掴まれる。


「ちょ、せんせ──」


 折紙オリガは軽々と最上さんを持ち上げ引きずると、実習場の方へと連れていった。


「たすけれ〜!!!」


 あの子が何したんだ!


 鼻水垂らして泣きながら連行される最上アズキ。


「時間は一時間。悪魔側はこの子を連れ去る。魔剣師はそれを阻止しろ。どっちつかずの結果になった場合、こいつは殺す」


 場に一瞬で緊張が走った。


 殺すなどという陳腐でチープな発言も、言う人間が言えば、真実味を帯びる。


 乙女カルラが手を挙げた。


「乙女。質問?」

「殺すというのは、どういうことか説明していただけますか? あまりに不適切です」


 降神オリガはそれを一笑に付すか、もしくは怒ると思った。この人はそういう類の人間だと思ったから。


 でも違う。彼女は何も言わず、適切に説明を返した。


「この子の総頸動脈に深さ一センチの傷をつけて、出血性ショックにより命を絶つ。そういうことを端的に殺すと表現した」


 やめて欲しい。なんでそんなに、悪なんだ。魔剣師なら魔剣師らしく、正義をやってくれよ。私はそう思ったけど、彼女は加えた。


「市民を救えなかった時のことを考えるような魔剣師に守られるくらいなら、私は自ら命を絶つ。そうだろう最上」


 ぶんぶんと首を横に振る最上さん。それはそうだろうと同意しかけるが、私にはどうしても彼女の意見に一分の正しさを見てしまった。


 降神オリガならやりかねない。でもそうさせないのは、私たちの役目だ。


「ロリバ──学長からは授業内におけるいかなる損害に対しての認可も下りている。さ、ドンパチやろーや」


 びえええ、と泣きじゃくる最上さんを丸太のように抱えて奥に引っ込む降神オリガ。


 そして、その後に追従したのは折紙アレンだった。


「アレン」

「俺はちゃんと答えを見つける。だからお前も、答えを探せ。一緒に探せば、効率は二倍だ」


 探し物が二つなんだから、効率は一緒だよ、ばーか。


 私は歩いていく悪魔役達を見送った。


 乙女カルラに、肩を叩かれる。


「あの子、気が弱いんだ。守りたい」

「私はそれが誰だろうと守るよ。剣聖パラディンになる女だからね」

「時折君の強がりが、逞しく思えるよ」


 強がりだって、バレたか。


 それでも、やってやろう。授業だけど、授業どころでは無い罰を背負ったこの任務をこなす。


 もう一度考える。


 降神オリガはヴァチカンの不逮捕特権を持っている。道徳もあるかわからない。合理性のためになら何でもする人種──。


 あの子は本当に殺される。


 私は頬を叩いて、意志を固める。そして踵を返して、魔剣師サイドが円陣を組んで作戦会議をする場所に向かった。

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― 新着の感想 ―
[一言] >でも死んでないってことは、見逃されているのか 暴発させはしないと信じているのか。 暴発させるだけの実力がないと思っているのか。 >市民を救えなかった時のことを考えるような魔剣師に守られる…
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