86 その後どう?
タッタッタッタッ。
「ねぇ、シオン。昨日の今日でよくわたしとランニングできるね……?」
私の顔を覗き込んで本気で心配そうにそう言うイオリ。でも、そんな心配は本当は全く要らないのだ。
「言ったでしょ。私はイオリがなんだったとしても、好きだから。過去なんてさ、もう変わらないんだから、その結果の今がどうかが大事だよ。でしょ?」
言うと、彼女は楚々として微笑んで、それから楚々としていない顔でニヤつくと、走る速度を少しだけ上げた。
もー! やっぱこの子Sだ!
駆ける速度を上げる私。
新緑に紛れながら私は思う。
過去は関係ない。今こそが大事だって──。自分で言っといて、一番刺さってるのは自分じゃん。
私だって真っ白だった。
そこにアレンが来て、ナズナがきて……。
みんなが居るから、今の私がいる。
「(私も、変われてるかな──)」
走ると日差しと、蝉の声と、緑の香りとが混ざって、感じるのは夏だ。
夏祭り、楽しみだな。
私はイオリすら追い越して、速度を上げた。
***
零戦マリサという女の人は、オールドファッションしか食べない。私はミーハーなので季節限定瀬戸内レモンドーナツを頼んだけど、先輩はホントにオールドファッションしか食べない。
どういう状況かと言うと、現在は奥多摩でのバイト中。
特異点が凪であるということを見張る仕事なのだが、なんと死ぬほど暇なのだ。
先輩は私の目を買ってくれたけど、目で見なくても、数千の計器が常に凪を見張っている。その警報が誤作動かそうでないかを判別するのが仕事なので、基本的に計器に反応できる状態なら何をしていてもいいのだ。
ドーナツを買ってきてくれた先輩と将棋を指す私。負けた方が奢りだというので、めっちゃ真剣。
というかこの先輩矢倉指すんだ……。流れで相矢倉になったけど、めっちゃ将棋の純文学じゃん……。
「それで、その後どう?」
──PACHI。
「その後とは?」
──PACHI。
駒音が響く中、先輩がだらしなくぽろぽろカスをこぼしながら話しかけてくる。
「折紙アレンくん。もうチュチュくらいした?」
ぶっ。
私は瀬戸内レモンを吹き出した。
「汚いよ!」
「す、すみません。変な事言うから」
ぷんすこ怒ってハンカチで拭く先輩。
「なんかあったの?」
「逆です……なんにもないんです」
「勉強教えてるんでしょ? ふたりきりで」
「ええ、まあ……」
「不純なことのひとつやふたつ、ないの?」
「超健全です……。今は積分やってます」
はえー、と駒を進める先輩。うわ、行かれたくない筋突かれた。
「そんなんで夏祭り誘えるの? 明後日でしょ?」
「うぎぎぎ」
あ、やばい、ぽかした。桂馬詰んでる……。
「恋も将棋も、後手後手に回ったら詰むんだってば」
「で、でも、駒損が怖くて──」
今の距離感という、関係が無くなるのが、怖い。駒損なんかより、ずっと。
「わかんないけどさ、例の折紙アレンくんって、付き合ったら途端にベタベタチュチュするような奴なの?」
想像しただけで笑けてきた。
「恋愛方針はわからないです。でも、あんまりそういう風には見えないですね」
「なら、今の関係のまま、思いだけ伝えるってのでもいいんじゃない? どうせチュチュできないならさ」
キスのことこの人チュチュって言うなぁ……。
「確かに……その先とか、想像もしてなかったです。なんか、この人と将来を共にしたいなって、思って──」
「おっも!!!!!!!!」
「えっ」
「なにその激重女!!!! 学生だよ!? もっとさ〜! フランクにさ〜!」
「でも、好きな人と、ずっと一緒にいたくないですか?」
そう言うと、マリサ先輩は目がぁああああッと叫んで目を覆った。
「ふぅ、あぶねぇ死ぬとこだった。久しぶりにそんな中学生──小学生みたいなピュアな恋愛感情見たわ」
「えっえっ」
「普通の健全な男女ならもっと***とか****とか*******とかしてるもんよ?」
ぶっ──。
「もぅ、汚いよぅ……」
汚いのはあんただ!!
「まっ、まだ未成年ですよ!?」
「あそっか、ごめんごめん。私成人してるからついつい」
はわわ……。先輩たちってそんなことしてるんだ……。
「え、じゃあ先輩も……?」
「んーん。だって不純異性交遊って一撃退学じゃん。学費勿体ないからねー」
変なとこは真面目なんだ……。
「でも意外。ラタトスクって変な人ばっかだから乱れてるのかと」
「んー、変な人ばっか過ぎて、一般価値観とのすれ違いがある気がします……」
男女で普通に夜通しゲームしてるし……。さっきの話聞いたら、健全に思えてきた……。
「そっかー。フェニックスの連中にも教えてやりたいね。まあ、そいつらは退学してもう居ないけど。あはははは」
笑えねぇ〜。
「まあでも、健全に越したことは無いよね。応援するよ」
「ありがとうござ──」
──PACHI。
零戦マリサは十七手詰めで勝負を終わらせる一手を指すことはなかった。
代わりにそこに居たのは──何故だろう、全く分からない。
降神オリガだった。
「マリサ……先輩……?」
「あの子はまだ寮で寝てるよ。それに、彼女は矢倉より穴熊が好きなんだ」
じゃあ今まで話していたのは──。
「君とタイマンでお喋りしたかった。それだけだよ。攻撃とか、そういうんじゃない。でも──」
──何を狙えば良いのかはわかった。
彼女はそう言って、私が決して取られまいとしていた角行を手に取った。
「もうじき戦争がある。君は誰の駒になる?」
「──裏でコソコソしない人です」
ふふっと笑った彼女は私に角行を返した。
私はばっと異常事態通報ボタンに手をかける──が、もうそこに降神オリガは居なかった。
私には彼女が敵か味方か、それ以外なのかは分からなかった。
けれど、皆が口々に言う戦争というものは、絶対に止めたいと、静かにそう思った。
この角だけは、手放さない。
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