08 狂った模擬戦
競技場に戻ると、相変わらず陰鬱な顔の眼帯先生が待っていた。
「先生、ご迷惑をおかけしました」
「怪我はないか」
「はい、しっかり見てもらいました」
「ならいい。──血刻みは一般人と魔剣師見習いの境界線のひとつだからな。何か変わると期待する気持ちもわかる。だが」
「はい、もう焦りません。大丈夫です」
そのはっきりとした返事を聞いて、眼帯先生は「ならいい」とだけ答えた。その目を見るに、先生は私の心の動きも、そして今何を思っているのかも見透かしているようだった。
自分の単純さが恥ずかしくなったが、でも今更だ。──私は単純だし、器用じゃない。弱い奴だし、イタイ奴だ。
自分が単細胞生物であることを、心に刻め。
そう、からめ手は似合わない──正面衝突脳筋勝負。
きもいモットーだけど、それくらいが私に似合ってる。
「せんせ、これみんな何やってるんですか?」
「木刀を使った模擬戦だ。今日は血刻みと身体強度のチェックをすると言っただろ。戦ってどちらかが音をあげるまで続ける。それを見て軽いランク付けをする」
じ、実力至上主義だなぁ……。
でも、音をあげるまでか。そこには少しだけ自信がある。忍耐力というのか靭性というのか、体力はないけど我慢は得意なのだ。
我慢が得意じゃなきゃとっくに病んでるぼっち人生。
「あの、今からでも参加していいですか?」
「当たり前だろ。お前らが参加しないと人数が足りない」
「あれ??? せんせ、なんかさっきより人減ってない?」
眼帯先生は今までに見たことないほどの深い溜息をついた。
「浅倉の血刻みがセンセーショナルだったのか、後続の奴らが何人か真似したんだよ……。そいつらが保健室行きになってる」
バカだ……。
「破戒律紋は馬鹿の集まりだと知っていたんだがな、ここまで揃いも揃っていかれてるのは今年が初めてだよ……」
それって元凶の私が一番いかれてるみたいじゃないですか……。
「でもでもっ! 今までと違うってことは、逆に言えばこの学年のラタトスクから剣聖が出るかもしれないですね!」
綾織さんの微妙なフォロー。
「その頃まで学生が残ってりゃいいけどな……」
「あぁ……」
「うん……」
3人で溜息をつく。
「まあいい。ともかく、浅倉はもう元気ならあそこの奴らと模擬戦やれ。綾織はまだ血刻みしてないからこっちだ」
そう言って先生は私に木刀を渡した。これは魔剣競技で使われる公式規格の模擬魔剣だ。この木刀に普通の魔剣同様、魔力を流して魔剣化する。
模擬魔剣はたとえ人を斬っても傷つけることはない。ただ、木刀で殴られる程の打撃は当然生じるので防具は必須。
私は競技場の人工芝に適当に投げられた他の人の防具をつけ始める。確か魔剣競技もギブアップ申請での決着だった気がする。
戦いの舞台を見ると、競技場の真ん中にサークルがひかれており、その中心にふたつの人影。ひとりが魔剣技を発動し、もうひとりが円から吹っ飛ばされる。そして控えていた別の生徒が円に入って戦いを挑むという流れだ。
勝ち残りシステムか。──にしても今残ってる人、強いな。
膝の防具をつけながらぼんやり見ていると、フェイスガードを取りながら目の前に姫野がやって来て地面に伸びた。
「もしかしてさっき吹っ飛ばされたの姫野?」
「ああ、ウルトラかっこよく吹き飛ばされたぜ」
「いや、ダサかったよ」
「うるせ!!!!!」
ケタケタ笑うと彼は起き上がって隣に腰を下ろした。
「折紙アレン。あいつやべーよ」
「今ずっと真ん中にいるの折紙かー。そんなに?」
「みろよ、今吹っ飛ばされた奴。あれ、スズカだ」
「東雲さんも負けちゃったのか」
「それってどういうことかわかるか?」
「?」
「東雲スズカは中学のとき魔剣競技で全国1位をとってる」
その事実はかなり衝撃的だった。全国トップを軽々しく吹っ飛ばした折紙って……。こっ、これが無免許の力──。
「ざっけんじゃない!」
狂犬の様な怒り様で防具と模擬魔剣を地面に投げた東雲スズカ。フェイスガードをとると頬に髪の毛が貼り付いている。見た目など気にする余裕もないということだ。
姫野から奪い取るようにタオルを受け取った東雲さんは地面にどかっと腰を下ろした。
「道具を大事にしないとまたおやっさんに怒られるぞ」
「実家じゃないんだからバレるわけないでしょ、うるさい」
「治安悪いな~……。あいつ強かったな」
タオルをぎゅっと押し付けて顔を拭く東雲さん。
「……」
「スズカも強いよ。しょうがない」
姫野は何も言わない、少し震える東雲さんの肩に手をやる。
「……つよ、かった」
珍しく素直なことを言った東雲さんは涙でタオルを濡らしていた。
全国1位のプライドが彼女の軸のひとつだったんだろう。それが叩き折られた。薄々気がついてはいたけど、折紙アレンはどこか格が違う。
「おっ、行くのか?」
姫野以外に泣いている所を見られたくないかもしれない。
私は立ち上がって模擬魔剣を握った。
「うん、行ってくるよ。どれだけやれるか、やってみる」
***
前の人がサークルの中で潰れ、友達に引きずられていく。交代するように私はサークルに入った。
「シオン、もう具合は良いのか」
前腕の筋を気にしながら折紙が私に声をかけた。
「うん、万全。さっきは目を覚ましてくれてありがとう」
目を覚ましたあとぶん殴られたけど。そこはまだ痛いけどね。
「シオンはパンの恩人だ。だが俺は剣で手を抜くことができない。すまないが全力でいかせてもらう」
「手加減なんて考えなくていいよ。生憎、私も手加減って苦手だから」
言うと折紙アレンはふっと笑った。よし、ウケた。
じゃ、やりますか。
私は魔剣を右手に持ち、抜刀姿勢につく。東雲さんの抜刀術みたいなことはできないけど、この姿勢じゃないとそもそもカウンターが出来ない。
隙を失くして、隙を伺う。
不刃流がどんな技なのか、この目で見極める──。
そう思った時には、もう視界に折紙の姿はなかった。
「不刃流二式──」
耳元で聞こえる詠唱。今の一瞬で背後を取られた? そんなの馬鹿げてる。だって一秒だって目を離さなかった。……いや、防具だ。フェイスガードで狭まった視界を逆手に取ったんだ。
しかし、そんな考察をしている暇など、私に与えられているはずもない。
「──限界無しの加速技巧」
その詠唱が音となって耳に届いた時には、そこにある全てを斬らんとする刃と化した彼の前腕が私の背骨めがけて振り上げられようとしていた。
瞬間──頭の中がスパークした。脊髄反射的に身体を捻り姿勢を転換する。模擬魔剣を逆刃で地面に突き立てると、私は彼の打撃を身体で受けることに決める。
「──ッ」
「いっ──……っは」
私は彼の前腕尺骨での打撃をもろに受け取り吹き飛ばされる。
しかし、その全エネルギーを突き立てた木剣に流し、抵抗として使用、サークルからは出ない程度に威力を相殺する。攻撃が直撃した背中よりも、木剣と身体の隙間、手のひらが焼けそうに痛んだ。皮が剥がれた感覚がする。
だが私は、彼の一瞬の息遣いを確かに聞いた。
それは私にある仮説を思いつかせた。
脳裏に走ったスパーク。
折紙アレンのある隠しごと──。
「はぁッ……はぁっ……──」
「お前、今──」
私はこの試合で邪魔になる頭部の防具をさっと外した。
「……──仮説だけど。私、頭だけは動くからね」
「気づいたのか」
「その反応を見るに……ほんとっぽいじゃん」
衝撃で口の中を切った。溜まった血をぺっと吐き捨てる。
私の防御を見てか、聴衆が集まり始めた。
「耐えたな浅倉! 折紙をぶっ飛ばせ!!!」
それは無理な相談だ。彼の隠し事に気づいたとて、勝算はない。圧倒的に地力が違う。人間が生身でカバと戦うようなものだ。
でもその仮説が本当だったのなら、私は彼を一発ぶんなぐってやらなきゃならない。恩人だけど、私にも譲れないものがある。
私はさっきの残響で視線がぶれないよう、そして注意が散漫しないよう気を張る──今一瞬でも気を緩めれば二式が飛んでくる。
「気づかれたのなら、ここで退いてもらうしかなくなったな」
「……三流悪役みたいなこと言うね」
「シオン。俺はお前を倒してでも──」
「ごめん、私にもプライドがある」
ぎりっと歯を軋ませる音がする。
「……どうなっても知らないからな」
私は模擬魔剣を構える。
「うるせえ、ばーか」
その日最後の試合が、もう一度始まった。
「ちょっと面白そう」と思っていただけましたら……!
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