98 樹林よ、さらば
翌朝になりました。
樹林の中だけあって湿度が高めなのかな。街中などに比べて空気がしっとりしているように感じるよ。気温も少し低いのか、寝床の中でぬくぬくしていたくなるね。
まあ、お布団どころかベッドもないのだけれど。しかも崩壊カウントダウンなボロ小屋の中だ。
うん。やはりさっさと起きるとしましょうか。もそもそと起き上がれってみれば、騎士二人が入り口辺りで険しい顔をしているのが見える。
「おふぁよう……。朝から難しい顔してるけどどうしたの?」
「ん?ああ、エルネ殿。おはようございます」
「こちらを見てください」
促されて近付いてみれば、大きな葉っぱの上に数個の木の実と、木の枝と蔦が絡み合った腕輪のようなものが一つ置かれていた。
「申し訳ありません。先ほど気が付いた時にはもうこの状態でした」
そう言って頭を下げる二人。物がどうこうというよりもここまで接近を許し、しかも逃げられてしまったことに責任を感じているみたいだ。
とはいえ、ボクが想像する相手であれば仕方がないね。
「多分デイナ山の精霊の仕業だろうから心配いらないよ。」
「精霊からですか?」
「しかし、なぜ?」
「彼女へのお詫びと、ボクたちへのお礼といったところかな」
精霊としてもテリトリーに入り込んだ悪魔は邪魔だし恐ろしいものだったのだろう。その一方で、虐待されていた女性を救えなかったことを悔いていたのかもしれない。
「では、こちらの腕輪が彼女へ贈り物という訳ですか」
「そうだと思うよ。それと木の実は一人一個ずつかな。とはいえ、あの人は受け取ってくれない気がするけどね」
昨日の様子を思い返すに、助けてもらった上に自分ばかりが精霊からのプレゼントを受け取るような真似はできないタイプでしょう。
「ちなみに、ボクもいらないからね」
「え?」
「いや、だってそれ食べられそうにもないし」
苔むしてますし?黒ずんでますし?
丁寧に下処理をすれば食べられるのかもしれないが、そこまでしようという気にはなれないというのが本音のところ。
「しかし、悪魔を倒したエルネ殿を差し置いて我らだけが頂戴するというのも……」
「それなら四家に献上するのはどう?ちょうど四つあるし、それぞれの領都にでも植えてみればいいんじゃない?」
上手くいけば精霊の力で土地が豊かになるかもしれない。
「確かに、それが一番無難な解決策やもしれません」
「お言葉に甘えさせていただきます」
なお、目覚めた女性に尋ねてみたところ、ものすごい勢いで辞退されてしまった。いや、腕輪はあなた宛てだから受け取ってあげて!?
そんな一悶着を経て、ついに小屋を後にすることとなった。
「調子はどう?辛くない?」
「お気遣いありがとうございます。精霊様から頂いた腕輪の恩恵もあるのか、随分と楽になっています」
女性は結局背負子に座る形で運ぶことになった。まだ多少やつれた風ではあるが、昨日に比べると顔色は雲泥の差だ。さすがは精霊の贈り物だわね。
しかし、精霊の加護?はそれだけにとどまらなかった。なんと魔物がほとんど現れなかったのだ。戦闘になったのは三体のゴブリンと二体のオークとの二回だけだった。移動を優先していた往路ですら五回も戦いがあったというのに、その半分以下とかとんでもない効果だわ。
女性の体調によっては最悪夜通し歩き続けることになるかもしれないと思っていたのだが、方位芯もどきを逆にたどることでほぼ一直線に進むことができたこともあって、なんとまだ日が高い内に樹林から脱出できてしまったのだった。
「これなら夕暮れまでには皆が逗留している村へと到着できるはずです」
「もう少しの辛抱ですよ」
「はい……。本当にありがとうございます……」
樹林を抜けたことで帰ってくることができたと実感がわいたのだろう、女性の頬をはらはらと涙が流れ落ちていく。あとは早く心の傷が癒されることを願うばかりだ。
そんなボクたちの前に立ちはだかるお邪魔虫が。どうやら樹林から出たことで腕輪の魔物避けの効果はなくなってしまったらしい。
まあ、大型犬並みとサイズ的にはとても虫とは呼びたくない大きさだったのだけれど。
「キングレイテストホッパー!?」
「知っているの、お姉さん!?」
「あれはその昔、害虫駆除のために生み出された魔法生物が野生化してしまったものです!」
大王国時代から穀倉地域だったディナル地方では、虫害が深刻な悩みの種だったらしく、それを解決するために生み出されたのがキングレイテストホッパーだったらしい。
その効果はすさまじく、一体で複数の畑の虫を殲滅してしまうほどだったのだとか。しかし、そんな実験結果に気を良くしたおバカが大量に放ってしまい制御不能になり、更には勝手に交配して今に至るとのこと。
「完全肉食なので畑に一切の害が出ていないことだけが救いなのですが……」
「その代わり人や家畜などが襲われるようになっているんじゃ意味なくないかな?」
ビッグマウスやホーンラビットよりも格上で、ワイルドドッグやフォレストウルフといった肉食の魔物と同程度の強さがあると言われているそうだ。
冒険者の等級で言えば八等級のパーティーが最低ラインで、ソロでなら七等級以上が推奨されているとか。脅威的な跳躍能力あるため、思わぬ所から奇襲を受けることもあるらしい。
「ですからまあ、我らは元よりエルネ殿であれば物の数ではない魔物といえます」
正面から飛び掛かってきたので、サクッとハルバードで返り討ちにしちゃいました。
「今回は特にあちらとしても想定外の遭遇だったようですし」
「なるほど」
物陰からひっそり近付いて、跳躍して上空から強襲するのがキングレイテストホッパーの基本戦術なのね。それができなかった時点で、強さは半減していたとも言えそうだわ。
「強靭な顎に甲殻、薄羽と素材としても優秀ですよ。冒険者ギルドに持ち込めば高値で買い取ってもらえるでしょう」
なお、後ろ足は珍味として高級食材なのだとか。現メンバーでは唯一の地元民である彼女は「絶対無理!」と涙目でプルプルと首を横に振っていたけれどね。
ギルドでなくても買い取ってくれるだろうということで、倒したキングレイテストホッパーも運んでいくことに。いやはや、最後に思わぬお土産ができてしまったものだ。




