95 消滅
ドラゴンだと告げたら少女悪魔から唖然とされました。
おや?フェルペがドラゴンの集落を狙っていたから、悪魔たちはドラゴンが人化できることを知っていると思っていたのだけれど……?違うみたい?
まあ、ボクはドラゴニュートなんですが。
「は、ハハン!嘘を吐くならもっとマシなものにしろよ!ドラゴンなんて大山脈の奥に引きこもってるやつらじゃないか!」
世間一般の認識――ただし、伝説とかそういう扱いに近い――はそういうものよね。ユウハさんのように外の世界で他の種族たちと共存しているのは、本当にごく少数のようだからねえ。
「だ、だいたいお前が本当にドラゴンだとして、どうしてこんな所にいるんだよ!?」
「えーと、観光?」
一番の目的は大陸の色々な場所を見て回ることだから間違ってはいないはず。
疑問形になっているのは、色々と巻き込まれた上に流されている状況に対するボクなりの諦観の表れとでも思ってください……。
「ふ、ふざ、ふざけんなああああああ!!」
ところが彼女にはお気に召さない答えだったのか。いきなりブチ切れられてしまった。
「観光でこんな樹林の奥にまで入って来て、私の計画を邪魔するようなやつがいてたまるかああああ!」
「うおっと。言いたことは、分かるけど、不可抗力、だから!」
ひょいひょいと攻撃をかわしながら言い返す。強いて挙げるならお宝が人質ではないかと閃いたシュネージュルちゃんの発想力や洞察力が原因かしらん。
あれがなければスルーしていただろうからね。さすがに人命の危険もないのに、護衛対象を放り出して樹林の調査――しかも他国の――を行うようなことはしませんとも。
いや、それ以前に少女悪魔が言うところのチビども、ピグミーの一団に襲われたことがこの一件に関与することになった最初のきっかけになるのかな?
……あれ?お宝を餌にやつらを樹林に呼び寄せようとしていたのは、この少女悪魔が企てたことなのだよね?食料が尽きて無関係な旅の集団を襲うというイレギュラーがあったとはいえ、結局はこいつの自業自得ということになるのでは?ボクは訝しんだ。
「なるほど。つまりこれが因果応報ってやつなのね」
「訳分からないこと言うなああああああああ!!」
絶叫しながら両腕による連打を繰り出してくるが、速度も変わらなければ軌道もリズムも一定と、これでは駄々っ子パンチと変わらない。
「くそう!なんで!どうして当たらないんだ!」
それならまずはその大きな予備動作を改めるべきだね。あとは視線でフェイクを入れるくらいのことはやった方がいいかな。こんなふうに。
「え?ほぎょお!?」
煌龍爪牙で首元を狙うと思わせておき、脇腹へと回し蹴りを叩き込む。
ハルバードで攻撃を捌くことで印象付けておき、更にはことあるごとに首辺りへと視線を送ることでそう思い込ませたのだ。
が、ここまできれいに決まるとはビックリだわ。フェルペ並みの強さを想像していたこともあって、正直に言うと少し困惑していた。
「ちくしょう!私は悪魔だぞ!この世界のやつらが敵う存在じゃないのに!」
そしてこいつはこいつで自分を絶対的な強者なのだと信じていたもよう。
まあ、実際あの駄々っ子パンチの一発一発にもボアローボア程度の魔物であれば一発で昏倒させられるだけの威力があるから、街中を中心に暗躍していたのであればそう勘違いしてしまうのも無理からぬことなのかもしれない。
「上には上がいるってことさ!」
「なめるなあ!」
羽を使った急加速で突きを放つがそれはギリギリで避けられた、とこれは織り込み済みで、ここからが本当の狙い目だ。
即座に引き戻しながら斧刃の反対に飛び出した鉤を引っかけるようにして脇腹を斬り裂く。
「ぎょあっ!?な、なんで!?」
視界どころか意識の外からの痛撃に混乱をきたす少女悪魔。
引くときに手首を捻ることで縦から横へと傾きを変えたのだ。これぞ本当の小手先の技ってね。説明してやったとしても、素の身体能力の高さに胡坐をかいていた彼女には理解できないことだろう。
弱い者をいたぶることしかしてこなかった弊害だわね。
戦いは一方的なものになりつつあったけれど慢心も油断もない。フェルペを逃がしてしまった失敗を繰り返さないという心の戒めもあったのだけれど、それよりも与えた傷がたちどころに塞がっていたためだ。
裂傷も骨折もあっという間になかったかのようにされてしまい、動きに一切の支障が出ないというのは脅威でしかない。
あちらもその特性に気が付いたようで、ふいに様子を一変させた。
「ふ、ふふふ……。いくらやったところで無駄むだ。超回復を持つ私には何の意味もないから」
しかしボクはそれを無視して攻撃の手を緩めることはない。
「ひっ!……いぎ!?む、無駄だって言ってるだろ!」
「それを決めるのはボクであり、お前じゃない」
【三連撃】でガードした左腕をへし折り、足元を払い、そして顎を踵で粉砕する。無防備となったところで煌龍爪牙を袈裟斬りに振り下ろし、左肩から斧刃をその体に潜り込ませていく。
「ぎやあああああああああああああああ!!」
堪らず悪魔も痛みに悲鳴を上げる。外見は少女然としているから絵面が酷いわ。この場面だけを切り取られれば、ボクの方が悪役間違いなしだろうね。
とはいえ、腰の右付近からハルバードが通り抜けた頃には、ドレス風の衣装ごと左肩は癒着し始めていたのだけれど。
「はっ、はっ、はっ……。ど、どうだい。やっぱり無駄だろ。私を傷つけることなんてできない――」
「だけど、ダメージそのものは蓄積しているでしょう。それと痛みも感じている」
どれだけ優れていようとも回復は回復でしかない。攻撃がなかったことにはできないのだ。
「無駄だという言葉は、無尽蔵の体力と痛覚無効の二つを揃えてから口にするべきだったね」
「くそうくそうくそうくそうくそうくそうくそうくそう!なんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんで!!私は悪魔なのに!他のやつらなんて私のおもちゃでしかないのにいいいいいいいいいいい!!」
ついに観念したのか、闇雲に殴り掛かってくる悪魔。だが、それは見せかけだった。
「お前みたいなやつを相手にしてられるか!」
ボクの回避に合わせるように横をすり抜けると、一目散に逃げだしたのだ。とはいえ、先にも言ったようにフェルペを逃がしてしまった過去は、ボクの心にしっかりと教訓として刻みつけられていた。
つまりは予想済みであり、ピンチになったら逃げるのは悪魔のデフォルトな行動様式だと思っておいて良さそうかも?なんてことを考える余裕すらあった。
「悪いけど、ボクは失敗から学べる子なので」
煌龍爪牙の柄を両手で掴み、槍穂の先を逃げるその背に固定する。
「……消し飛ばせ、【龍の咆哮】!!」
カッ!と先端が輝いたかと思えば、エネルギーの奔流が光となって薄暗くなり始めた空を駆け抜ける。
瞬きにも満たない間に追いつかれた少女悪魔は、驚愕の表情を最後にこの世界から欠片一つ残すことなく消え去ったのだった。
〇【龍の咆哮】
【龍爪】などと同じくエルネが煌龍爪牙を用いることでのみ使用できる固有技の一つ。
煌龍爪牙を介することで収束性に指向性、威力等を大幅に強化した〔ブレス〕攻撃。本編の通り悪魔すらも完全消滅させるエルネの現状での最終攻撃手段。
作者のイメージ的には『マダ〇』における『霊妙剣』みたいなもの。
え?さっぱり分からない? ……これがジェネレーションギャップ!?




