94 舞台に引きずり上げる
外見少女な悪魔が引きずっていたもの、それは鎖に繋がれた十体にもなるゴブリンどもだった。
騎士二人もその異常さに気が付いたのか警戒の度合いが一気に数段上がる。
「なんだよお。せっかくチビどもとこいつらを戦わせて、あの女に勝った方をプレゼントやろうと思ったにさ」
……は?プレゼント?捕らえられていた女性は戦う術を何一つ持たない一般人だ。そんな人をゴブリンの集団と引き合わせるなど襲ってくれというようなものだ。
そしてそれ以前にゴブリンと誰かを戦わせようとしていた?
「あれ?もしかしてあんたたちなにも知らない感じ?もしかして巻き込まれたの?それともあいつらが言ってた『お宝』に目がくらんじゃった?」
キャハキャハと耳障りな声で少女悪魔が笑う。顔だけ見ればその幼げな風貌とも相まって違和感がないことがまた嫌悪感を刺激してくるな。
「あんな胡散臭い話に騙されたりしちゃダメだよ。あれはね、私があいつらに吹き込んだんだあ。そしたらすぐに目の色を変えちゃって……。ウププ!今思い出しても笑えてくる!本当はヒューマンのメスが一匹転がってるだけなのにね!」
と、終いには腹を抱え出す始末。どうやら悪魔の言うチビどもというのは、方位芯もどきを持っていたピグミーの一団のことだったみたいだ。
しかしあの連中はあの連中で、食べ物を奪おうと見ず知らずの相手を襲撃するのに躊躇がなかった。ゴブリンを下したとしても彼女が無事に済むとは思えない。むしろ宝がなかった腹いせに乱暴を働いた可能性が高いだろう。
つまり……、そういうことだと考えていいのだよね?
感情が一周回って頭が冷えていくのを感じているボクの前で、悪魔少女は「せっかく楽しみにしてたのになあ?」と怯えるゴブリンたちに呼びかけていた。
「ねえ、二人とも。騎士たるものゴブリン退治は得意だよね?」
「っ!?……うおっほん!ええ。残念ながら我が国にもゴブリンは生息しておりますので。定期的に森狩りをして駆除を行っています」
「特に集落が作られて数が増してからは冒険者の手に負えないこともありますので、多数を相手にすることにも慣れていますね」
ボクの発した低い声に一瞬ビクッと驚いた――ごめんね。乙女としてこいつのやり口だけは許せないのよ――ようだが、すぐにこちらの考えを察してくれた。
見たところキングやジェネラルもいないようだし、ゴブリンどもの始末は二人に任せてしまおうか。
「確かにコソ泥どもであればいざ知らず、我らであればゴブリンなど敵ではありませんからなあ」
「十体だろうが二十体だろうが、物の数ではないからな。見世物としてはさぞかしつまらないものとなるだろうな」
ずいっと前に出ながら、二人がこれ見よがしな台詞を口にする。少々棒読みっぽいけれど、そこは目をつぶってあげてください。
一方の少女悪魔だけれど、そういうことには頓着しないしない性質なのか、ゴブリンとの戦いに名乗りを上げた二人に目を輝かせていた。
「へえ!お兄さんたちもしかして自信がある感じ?そこまで言うならさあ、こいつらと戦って見せてよ」
「構いませんとも」
「ですが、一方的過ぎて盛り上がりに欠けてしまっても文句はなしに願いますよ」
「アハハハ!そんなことするはずないじゃん!」
正確には、そんなことはさせない、なのだけれどね。
「ほおら、お前たち。戒めを解いてやるから、精々派手で無様な死に様を見せてよね!」
「ギ、グギギ……」
自分の手駒なのに死ぬのが前提なのか。それはともかく、その言葉の通りにゴブリンたちに巻き付いていた鎖が解けて地面へと落下していく。ようやく体の自由を取り戻した魔物たちだが、それが仮初のものであることは理解できているのか、こちらへと濁った眼を向けてくる。
「お願いね」
「ええ。こちらはお任せください」
「さあ、ゴブリンどもよ!我らが剣の錆にしてやるぞ!」
挑発の言葉に乗ったのか、「ゲギャギャギャ!」とだみ声を上げながら一斉に突撃してくる。が、騎士たちは慌てることなく剣を振るう。
「ギャッ!?」
血煙が上がり、あっという間に二体が倒れ伏す。その光景を尻目にボクも行動を開始していた。
「おっほー!すごいすごい!……え?」
「ふっ!」
歓声を上げる少女悪魔に肉薄して、全力でその顎を蹴り上げる!
「ヘグフッ!?」
さすがは悪魔というべきか。大抵の生き物であれば首から上が弾け飛んでもおかしくない威力の直撃を受けても、その頭部が胴体と泣き別れすることはなかった。ただし衝撃を殺すことはできずに樹林のはるか上空へと舞い上がっていく。
それを追いかけるために身体を沈みこませて……、ジャンプ!さらに服の下の羽を動かし急加速していく。
「おっと、もう体勢を立て直しちゃったか」
残念、追いついた時には既に自力で空中に浮かんでいた。その顔が真っ赤なのは、大地に沈み始めた夕陽のせいなのか、それとも羞恥と怒りのためなのか。
「い、いきなり何しやがるこのババア!!」
「あらあら?ガキンチョらしくお口が悪いこと。……というかさ、なに自分だけは関係ないみたいな態度してるの?お前が始めたことなんだから責任もって幕引きまでやれ」
一等席で観覧しようだなんて図々しいのよ。
「キイイイイイ!!この私を誰だと思ってるんだ!悪魔だぞ!お前たちなんて私のおもちゃになっていればいいんだ!!」
仕返しとばかりに少女悪魔が突進してくる。が、空中戦には慣れていないのか、あくびが出てきそうな速度でしかない。
「くらえ!」
「お前がね」
これまた大振りな拳をアイテムボックスから取り出した煌龍爪牙で受ける。もちろん手加減してやる必要もないので斧刃の部分でね。
「アギャアアアア!?」
ざっくり拳の中ほどにまで刃が埋まり、悪魔が悲鳴を上げる。
むう、もう少し深手を負わせられると踏んでいたのだが見込み違いだったか。思った以上に相手の速度がなかったみたいだ。単に合わせるだけでなく、こちらもハルバードを振るなり前に出るなりして勢いをつけておくべきだった。
「グウウウウ……。お前なんなんだよ!空飛ぶし私の攻撃を受け止めるし!ただの鱗持ちの獣人じゃないのかよっ!?」
「なんだと言われても、ドラゴンだけど?」
「……は?」
悪魔の顔が過去一間抜けなものになった瞬間だった。
〇蛇足かもな余談
少女悪魔は嘘をついてはいませんが、全てを語った訳ではありません。
詳しい展開も考えてあるのですが、後ほど本編で出てくるかもしれないのでこのくらいで……。




