91 お宝を求めて
今度は全方位に気を張りつつ、時折若干の威圧を放っていたことが功を奏したのか、一時間も経たないうちに樹林を抜けることができた。残党三名は腕を拘束されたまま延々走らされていたから息も絶え絶えになっていたけれど。
「それじゃあ、ボクたちはお宝探しに行ってくるよ」
「エルネさん、よろしくお願いします」
「師匠、気を付けて」
近くの村へと向かう使節団一行を見送り、ボクと騎士二名は再び樹林へと舞い戻ることに。
道しるべとなるアイテムもあるから、本当は一人の方が気楽かつ素早く移動できるのだが、シュネージュルちゃんが予想したようにお宝が人だった時のことを考慮して、同行してもらうことにしたのだ。
仮に捕らえられている人が女性なら背負うでも抱っこでも問題ないのだけれど、男の人の場合はやっぱりね、うら若き乙女的には二の足を踏んでしまう訳ですよ。
物であれば相当大きくてもアイテムボックスにぽぽいと放り込んでおけるのだけれどねえ……。アイテムボックスの弱点は生き物を入れることができない点だと思い知らされましたよ。
さて、一緒にお宝探しに向かうことになった二人なのだが、予想とは裏腹に木々の生い茂る中でも機敏な動きを見せてくれていた。
「森の中での行動ならお手のものですよ!」
なんで?
「怪我人を運ぶことにも慣れていますので、いざという時にお任せください!」
だからなんで?
これは後で聞いた話なのだけれど、彼らは森がすぐそばにまで迫る街の生まれで、幼い頃から森を遊び場にして育ってきたのだそうだ。ついには猟師たちと一緒に活動するようになり、魔物との戦いや不意の事故で怪我をした仲間を街まで運ぶのは割とよくあることだったらしい。
「それが今では騎士をやっているのですからなあ」
「いやはや、人生とは分からないものです」
……うん。とりあえず同行者が足手まといどころか頼りになることを喜んでおきましょうか。
そんな面子だったこともあり、目的地付近へは意外と早く到着することができた。
「あの中、だよね?」
樹林の中に突然現れた廃屋じみたボロ小屋。方位芯もどきの針は間違いなくそれを指していた。
「元々は猟師たちが休憩や活動の拠点にするための小屋だったものでしょうな」
「ただし、放棄されてから長い年月が経っていそうです。屋根は残っているようですが、だからこそ中に入る際にはご用心を」
「天井の崩落とか洒落にならないんですけど……」
話を聞けば聞くほど入りたくなくなる……。が、そうも言ってはいられないのが辛いところ。
「ボクが先に入るから、二人は入り口付近で待機しててね」
「了解です」
「お気をつけて」
並みの罠であれば――物理的に――粉砕できてしまうから、突入役はボクが適任なのですよ。
気になるのは周囲の魔物たちかな。途中まではあちらこちらからその存在を感じることができたのだが、いつの間にか一体残らず、それこそスライムの一匹ですら感じ取れなくなっていたのだ。
もっとも、だからといって何がどうなる訳でもないのよね。考えたところで樹林の生態に詳しくないので正解かどうかすら分からないのだから。結局は用心しておいて、あとはもう出たとこ勝負で行くしかないのだ。
しゅたっ!ささささっ!と素早く移動しながら小屋を一回りして、怪しそうな部分がないかをチェックしておく。特段おかしなところはなしということで、発見した扉を開く。内部は仕切りもなく、これぞ小屋!といったものだった。放棄するのに当たって、荷物は全て持ち出したのかガランとした空間だ。
扉のない壁には窓だったのだろう穴が一つ、二つと空いており、森の湿った空気が入り込んでいるね。お陰でほこり臭くないのはありがたい。手前半分は土がむき出しだが、奥側は傷んではいるものの床板が張られている。
その板の間に人らしき影が一つ、こちらに背を向けて横たわっていた。……シュネージュルちゃんの予想が当たってしまったかあ。
「エルネ殿」
「うん。二人はこのままここで」
言い残して慎重に中に入る。外から眺めた時に比べると壁も天井も丈夫そうだが、目に見えない所はどうなっているのか分かったものではないからね。
「もし、そこの人?生きてますか?死んでますか?返事できますか?」
呼びかけながらゆっくりと歩を進めていけばピクリと動くのが見えた。しかし、これだけで生きていると判断するのは大間違いだ。この世界にはアンデッドもいれば魔法生物とか無機生物などと呼ばれる魔物も存在しているのだから。
敵意を始め悪い気配は感じらえないため、そのまま近付いていく。すると、寝転がっていた人がごろりと仰向けになる。
「う……、あ……」
埃まみれで薄汚れてしまっているが、質の良さそうなフロックコートにベスト、スラックスと男物の衣装という外見に対して、漏れ出た声は高い。
よく見てみればベストの胸元が盛り上がっている上、ほどけかけている金の髪も細かくしかも丁寧に結っていた形跡が。どうやら女性のようだ。
「もう大丈夫だから」
青色の目は見えているようだがかなり弱々しい。そっと腕を取り脈を測ってみたがかなり衰弱しているようだ。すぐさま栄養剤的な体力回復薬を飲ませる。表立った傷はないようだが傷薬も飲ませておいた方が安全かな。どちらも液状薬なので水分の補給にもなるはずだ。
二つの薬を飲んだことで体調が良くなったのか、それとも人に会えたことで安心したのか、女性はすうっと意識を手放してしまった。
アイテムボックスから毛皮――ライトステップだった――を取り出して、目を覚まさせないようにそっと寝かせてあげる。
「二人とも、こっちへ」
そして入口で内と外を見張っていた騎士二人を呼び寄せる。
「体力回復薬と傷薬の両方を飲ませたから、しばらくすれば目を覚ますと思う」
「おお、それは良かった」
せっかく来たのに死んでいた、では立つ瀬がないものね。とはいえ、衰弱の度合いが大きいこともまた事実だ。せめて食べ物を口にできるくらいにまで回復しなければ、連れ出すことは難しいだろう。
「怪我人の運搬経験がある二人はどう思う?」
「エルネ殿の考えで妥当でしょう。無理をさせてはかえって体に負担をかけてしまいます」
確かに、助けたのに死なせてしまっては元も子もないよね。
「専門家ではないのではっきりとしたことは言えませんが、恐らくはただ衰弱しているだけでしょう。このまま寝かせておいて、目が覚めたら滋養のあるものを食べさせれば良いと思われます」
こうして、ボロ小屋で一泊することが決定してしまうのだった。




