84 批判的になってます
国境を越えてディナル農耕国へと入ったのは、中央を出発してから十一日後のことだった。当初の予定では半月はかかると見込まれていたのでかなりのハイペースだ。
それもこれも、いわゆるお土産が少ないためにできたことだった。
通常、こういう使節には相手国への友好の証として大量の物品を準備するものだ。恭順の貢ぎ物というケースもあるけれど、基本的には「うちの国はこれだけの物を用意できるんだぜ!」と国力を分かりやすく示すためだったりする。
まあ、ドコープ連合国は他の西方諸国から一段低く見られているようなので、こちらとしては後者のつもりでも相手国からは前者として捉えられている可能性は否定できないのだけれど。
さて、今回のディナル農耕国への使節の主役はアルスタイン君とシュネージュルちゃんの二人で、目的は同年代の子どもたちとの交流ということになっている。同行している実務系の担当者にも交渉権などは一切持たせていないという徹底ぶりだ。
あくまでも、ローズ国立学園へ通う前に一足早くお披露目と顔合わせをしましょう、というものなのです。
で、子どもたちが主役の使節にこれ見よがしなほど大量の物品を持たせるのもいかがなものか?ということで、今回のお土産は縦と高さが一メートルに横幅が二メートルの装飾箱に収まるだけの量となったのだった。
ちなみにこれ、ドコープ側からの割と性質の悪い罠です。
なにせ中身はソードテイルレオとファングサーベル、ライトステップの毛皮が丸ごと一体分ずつ――頭は除く――に、ソードテイルレオの剣状の尻尾が一つ、二本一対ファングサーベルの牙が一つという、とんでもないラインナップだからだ。
二人のお勉強の一環として実務担当者が話してくれたところによれば、仮に正規で取引するとなるとディナル側からは最低でも五年分の食料の提供が必要になるだろうとのことだった。
「箱小っさ!やっぱりドコープは辺境の田舎だな。……ファッ!?あわ、あわわわわわ……」
つまりはこうなることを狙っているという訳です。えぐい。
まだある。あえてこれらを取得した経緯、ウデイアの砦への襲撃は伏せたまま反応を見ることで、どれだけの情報を得ているのかを把握し、更には一連の事件に関与しているのかどうかをあぶりだそうとしているのだ。
説明を受けた子どもたち二人もドン引きしていたのが救いだね。将来的にそうも言っていられないことは分かるが、今はまだ真っ直ぐに育って欲しいと思ってしまうよ。
「連絡は受けております。王都での交流が両国の将来にとって実りあるものでありますように」
そんな言葉を貰いつつ、いよいよディナル農耕国へ。うんうん。国内の移動に十日以上を掛けただけあって、あちらもしっかりと受け入れ態勢を整えつつあるようだね。
そしてさすがに国境を守る人たちともなると、遠目とはいえ日常的にドコープの状況を目の当たりにしているだけあって侮った様子は見られなかった。
「現場の声を吸い上げられていないのか、それとも耳に入ったところで信じようとしない緊張感のないお間抜け揃いなのか……。果たしてどちらなのかしらね」
「師匠?どういうこと、なのですか?」
周囲の景色を見ようと馬車の窓を開けていたためか、ボクの呟きが聞こえてしまったらしい。問うてきたアルスタイン君だけでなくシュネージュルちゃんもこちらを見ていた。
なお、馬車には二人以外にそれぞれの侍女が一人ずつ乗っており、女性率が高いことにアルスタイン君が居心地悪そうにしていた。幼い頃から交流がありほとんど兄妹のような間柄の二人だけれど、そろそろお年頃だから間違いが起こらないよう必要な措置なのだ。
それなら馬車を分ければいいと思われるかもしれないが、それはそれで「仲が悪いのでは?」と邪推される可能性があるそうで。
貴族って本当に面倒くさいわ。
話を戻しまして。二人にどう答えるべきか悩む。そもそも好き勝手にボクのイメージや考えを伝えてしまって良いものなのかしらん?
「んー……。まあ、後で専門家からきちんと教えてもらえばいいか。色々な考え方があると知っておくのは悪いことじゃないだろうしね」
そう判断すると、「これはボクの考えだから」と前置きをしてから話し始める。
「さっきの兵士は俺たち、いや我が国のことを直にその目で垣間見ているからこそ、下に見ることなく丁寧な応対に終始していた、のですね?」
「うん。ボクにはそう感じられたよ」
「その一方でディナル農耕国の貴族たちに上層部、果ては王族に至るまで古い価値観のまま侮る態度を続けている原因は、そうした現場の声が届いていないか、聞こえていても無視しているからのどちらかだとエルネさんは考えていると」
「正解。現場の声が届いていないのであれば報告のさせ方に問題があるということになるし、聞こえていて無視しているなら危機感が足りない無能ばかりってことになるよね」
「師匠って時々とんでもなく毒舌になるよな……」
頬を引きつらせながらアルスタイン君が言う。敬語が消えてるよ。
「色々とよろしくない噂も聞いていたからね……」
実は使節団の出発以前の約一カ月間、ボクはレドスとガルデンの領都を行き来しながらディナル農耕国についての情報を集めていた。情報源となるのは冒険者並びに冒険者ギルドだ。
ボクのように気の向くまま旅をしている人や二国間を行き来する商人たちの護衛を中心に活動している冒険者などもいて、興味深い話も聞くことができていた。
その中で特に気になったのが身分の格差だった。王侯貴族による支配が行われている中で、一部の領民は酷い扱いを受けているというのだ。どうやら大規模な農場を抱えている領地でその傾向が強いらしく、今にも死にそうなほどやせ細った人々が休みなく働かされているのだとか。
「逃げ出す人も少なくないらしくて、そうした人たちが徒党を組んで盗賊団になったりもしているみたいで、治安が悪い所も結構出てきているんだって」
ちなみに、ガルデンの当主や中央の人からも話を聞いて裏を取っているから間違いないです。
生産した農産物を他の西方諸国に売りつけることで外貨を稼ぎつつ影響力を維持する。その考え方は理解できなくはないけれど、民の扱いが悪過ぎるのはいかがなものか。
「領民は放っておいても勝手に増えていくと考えているのかな?もしかするとゴブリンやビッグマウスのような繁殖力の高い魔物と同じように思っているのかもね」
肩をすくめながら言うと、二人の表情が険しくなる。
言ってみればドコープ連合国はその逆な訳で、今でも人材が十分とは言い切れないからね。消耗品のような扱いをしているだなんて信じられない思いだろう。




