82 表敬訪問の使節団
新章開始です。よろしくお願いします。
西方諸国に巻き起ころうとしている戦乱の嵐の芽を摘むため、ボクはディナル農耕国へと向かうこととなる。そしてその方法が表敬訪問というある種正面突破なやり方だった。
隣国からの正式な使節団とあっては、訝しく思っていたとしてもおいそれとは手を出せないからね。上手いやり方ではあるのだけれど、その一方で訪問するに値する理由と適切な人材が必要になってくる。
特に今回は突発的で急なものだから、ここは説得力が必要になる。そんな訳で選出されたのが、こちらの二人。
「しゅ、シュネージュル・レドス、です……。よろしくお願いします……」
「アルスタイン・ガルデンだぞ、です。よろしく頼む!ですます」
それぞれドコープ連合国の四貴族であるレドス家の令嬢とガルデン家の令息となります。
余談だけど南からの脅威への負担を等分するという名目から、四貴族の領地は縦に並ぶ形となっているよ。ついでに説明しておくと、東からウデイア、ルドマー、レドス、ガルデンの順となる。
話を戻すと、この二人はもうすぐ十二歳ということで、そろそろローズ宗主国にある『ローズ国立学園』に通うことが検討されていた。この学園にはおおよそ十二歳から十五歳までの西方諸国の王族や貴族たちの子どもたちが所属しており、当然ディナルの貴族たちもそこには含まれている。
そこで学園での生活に馴染めるよう同じ年頃の子どもたちと一足早く顔合わせをしておき、更には他国の王族や貴族との付き合い方を学ばせておきたい、と称して訪問を打診したのだった。
理由付けにかなり無理があるのでは?と思うよね。ボクも思いました。
ところがこれ、割とよくあることらしく意外にもすんなりと受け入れられることになる。ガルデンの当主の見立てによると、「このままなし崩し的に戦争になることを危惧している連中もいるからな。彼らが手を回したのだろう」とのことだった。
王に考えを改めてもらう機会なればいい、という思惑かな。……いや、どちらかと言えば開戦派を押し止めるための時間稼ぎだと考える方が妥当な気がするね。
そんなこんなでボクが中央を訪れてからおよそ一カ月という超短期間で準備が進められ、成人前のお子ちゃま二人を中心とした表敬訪問の使節団がディナル農耕国の王都を目指して出発したのだった。
なお、ボクの肩書きは二人の戦闘指南役兼警護特別顧問となっております。子どもたちを含めて使節団の皆には砦での本当のことは話していないけれど、あの場にいたことは噂話として伝わっていたらしく割とすんなり受け入れてもらえた。
え?最初にボコって力の差を見せつけた?……な、なんのことですかねえ。
さて、中央を旅立ってから数日、レドスとガルデンの二つの領を通り抜ける必要があるため、実は未だにドコープの国内にいたりします。そして今の内なら結構無理もきくということで、あえて宿場町には泊まらずに野宿を繰り返していた。平たく言うと野営訓練だね。
他領で兵士をしていたエルガートさんは別だが、魔物の脅威が常にあるドコープ連合国では領主の子どもでも戦場にほど近い場所へと赴くことは多い。中にはアプリコットさんのように実際に戦う人だっているのだ。二人にもそうした機会が発生する可能性は高いので、こうした訓練も大事なのだとか。
「……ん、ああ、朝かあ」
ふわりと意識が浮上してきて目を開けてみれば、天幕の分厚い布地とぶら下げられたランプが見えた。
聞こえてくるのは小鳥の鳴き声に、寝ずの番をしていた騎士たちによる報告かしらん。かなり小声だけれど、既に朝日が顔を出している時間なのだから気を遣い過ぎだよ。
「よっ……、うん?」
起き上がろうとした瞬間、左腕が動かないことに気が付く。見ればシュネージュルちゃんがしがみついているではありませんか。警備の都合もあって同じ天幕とはいえ、寝台は別だったのだけれど。どうやらまた寝ぼけて入り込んできていたらしい。
「ふにゅ……。おねえちゃん……」
あはは。寝ぼけてるよ可愛いねえ。思わず前世の妹分たちを思い出してしまうね。……まあ、実年齢も精神年齢的にもボクが一番年下だったのだけれど。
「おーい、シュネージュル様ー。朝だよー」
「うにゅう、ふみゅう……。ん、んんう……。あさ?」
ひとしきりぐずった後、ぼんやりと薄目が開いていく。
「うん。朝だね。そろそろ起きる時間だよ」
「あ、エルネおねえちゃ……!?!?お、おはようございます!エルネさん!!」
途中で一気に覚醒したのか、シュネージュルちゃんはガバッと起き上がって慌てて言い換えている。甘えっこな彼女はとても可愛いので少し残念。まあ、普段の少し人見知り気味ではあるがしっかり者な時も十分に可愛いのだけれどね。
「はい、おはよう。ボクは軽く外を見回って来るから、その間に顔を洗って着替えを済ませておいてね」
手桶に【ウォータ】で水を出しておく。ボクは何があっても動けるように普段通りの恰好だが、寝間着の彼女はそうもいかないからね。
「あ、ありがとうございます……」
「なんのなんの。ああ、でも、ディナルに入るまでには一人で寝られるようにならないとダメだよ」
「え、エルネさあん!?」
冗談めかして言い残せば、天幕から可愛らしい悲鳴が聞こえてくるのでした。
騎士や侍女たちと挨拶を交わしていると、向かいの天幕から大欠伸をしながら一人の少年が出てくる。
「ほわあああ……。あ、エルネ師匠、おはよう」
「アルスタイン様、アウトー」
「んあっ!?……そうだった。エルネ師匠、おはようございます」
「はい、おはようございます」
領主の子どもという立場もあって、彼には両親など極一部の相手を除いて敬語を使うという習慣がなかったのだよね。しかし、他国の貴族どころか王族までいるかもしれない学園でそれではトラブルを引き起こす原因となる。
そこでボクを相手に、絶賛矯正アンド練習中という訳だ。ついでに彼らの戦闘指南役というボクの肩書きに箔をつける意味合いもあるそうだ。
「眠そうだねえ。また野宿には慣れないのかな?」
「師匠、さすがに二、三日では慣れないよ、いや、慣れないですよ」
天幕内の寝床とはいえ、お屋敷の快適なベッドに比べれば天と地ほどの差があるだろうし当然か。
「まあ、繰り返していればそのうち木の枝の上ででも眠れるようになるよ」
「それは師匠だけだと思う。じゃない、思います」
アルスタイン君の漏らした言葉に、周囲の侍女たちだけでなく騎士たちまでもうんうんと頷いていた。解せぬ。




