81 当主たちとお話し
あれやこれやと頼みごとをされないうちに、先手を打ってこの国に定住する気はないことを伝えておく。変に期待を持たせてしまっては申し訳ないからね。
本来なかったもので、たまたま偶然にも幸運が重なっただけだと理解していれば妙な欲をかくこともないというものだ。
「お金にも権力にもなびくことはないよ。世界を見て回りたいからボクは旅をしているのだからね」
「旅をすること自体が目的ということか。……良いな。冒険者らしい自由さだ」
ボクの言葉に一人がそう呟くと、五人は揃って遠い目をする。権力に憧れて破滅するほどに求める人がいる一方で、彼らのように羨ましがられる立場にあっても自由へ恋焦がれる者たちもいる。本当にままならないものだよねえ。
「まあ、知り合いもお友だちもできたからね。他所に行ってもこの国との喧嘩には参加しないよ」
「それを明言してくれただけでも肩の荷の大半が下りたな……」
「ただし、超えちゃいけない一線を越えてきたら全力で対抗するからね」
「肝に銘じよう。もっとも、こちらから手を出せるだけの余裕なんぞ欠片もないのだがな」
そう言って一人が肩をすくめると、残りの面々も次々にため息をついたり、頭を掻きむしったりし始めた。
「どこも自分たちに後ろ暗いところがあるからか、こちらにも同じだけの野心があると思うておるようだからな」
「草原地帯の魔物対策に我らがどれだけ腐心しているのか未だに分かっておらんようだからな」
「まったく、面倒な連中だぜ。ああ、お前たちもいつまでもそんな所に立っていないでこっちに来て座れ。おおい!誰か椅子を持ってきてくれ」
あれよあれよという間に用意が整い、席に着かされるボクたち。
そこからは当主たちの愚痴大会のようなものだった。各家は外交を担当している国があるのだけれど、どこもかなり面倒なことになっているらしい。
今回の騒動の裏にいるのではないかと思われるローズ宗主国は言うまでもなく、チェスター武王国は表向きには平和を維持し続けていることで抱え込んでいる兵力が暴走しそうになっているそうだ。実際に東の遊牧民たちとの間で小競り合いを起こしており、両者ともに少ない数のけが人や死者が出始めているとのこと。
更に遊牧民たちの領域はドコープ連合国とも接しているため、そのしわ寄せがきている状況なのだという。
「こうなると情勢が落ち着いているのはディナル農耕国くらいなものだね……」
「いや、残念ながら相当言い切れなくなっているのだ。どうやら王に余計なことを吹き込んだやからがいるらしくな。密かにローズ宗主国を狙っているらしい」
予想外の情報を披露してくれたのはガルデンの当主だ。
彼の話によれば、ここ十数年西方諸国では大きな飢饉や天災もなく、農産物の一大生産国であるディナルでは輸出もできずにだぶつき気味になっていたのだという。その余力がある今であれば、ローズ宗主国を下して西方のトップに立つこともできる、と甘言を弄した者がいたのだそうだ。
「こんな話が出回っている時点で怪しくはあるのだが……。その甘言を持ち込んだのがどうやら王の寵姫のようでなあ。上手く持ち上げられてその気になっているのは間違いないようなのだ」
なにこの四面楚歌な面倒ごとの包囲網……。これにいつもの南方からの魔物の脅威が加わるとか、愚痴りたくもなるってものだわ。
「親父殿、仮にディナルがローズに派兵したとなれば、チェスターも動くことになるのか?」
「当然だ。鍛え上げた武力を魅せる時だと、嬉々として首を突っ込むだろう」
エルガートさんの問いにルドマーの当主が険しい顔で答える。
「そもそもローズが辺境と侮っている我が国に救援を申し出てくるとは考え難い。要請を行うならチェスターとなるだろう」
「大義名分を得たことで暴れ回る様子が目に浮かびそうだな。最悪ローズの都が灰燼に帰すぞ」
え?それは困るよ!?ローズの街は大王国時代の首都だった場所だから『野薔薇姫物語』の中でも舞台となっている場所も多いのだ。壊滅したなんてことになったら、ママンたちドラゴンが大挙して飛来しかねないよ!?
「それにチェスターまでもが参加したとなれば、我らも高みの見物を決め込むこともできぬだろう。ローズ宗主国の失墜は避けられず、勝ったどちらかが併合することになる。そうなれば大王国の光景を名乗り従属を求めてくるのは間違いない」
悲しいかなドコープの現状としては嫌でも積極的に参加しなければ、国力的にどこかの属国化は免れないらしい。
それに懸念は他にもあるそうで。
「東方の遊牧民たちがこの混乱を機に打って出てくる可能性もある」
「可能性で言えば聖神教の連中の方が高いのではないか?」
「ホーリーベルトの拡充、いや『神の国の顕現』か……。あの勢力を考えると世迷いごとをと笑ってもいられぬ」
うん。とりあえず一度戦争が起こってしまったらもう止まらないどころか、どんどんと周りを巻き込んで拡大していきそうなのは分かった。
「ドコープ連合国が生き残るためにも、戦争を起こさせないことが重要なんだね」
「うむ。チェスターはあれでいて外聞を気にする性質だから、ローズからの要請がなければ動くに動けぬだろう」
そしてローズ宗主国にも周囲に喧嘩を売れるほどの戦力はない。
対応を急がなくてはいけない相手は決まったね。
「ディナルの王様に考えを翻させることができれば何とかなるかな?」
「でも、そこが一番の問題よね」
唆している相手が寵姫だからねえ……。王からの信用は厚いだろうし、色恋が加わると頑なになってまともな進言も受け付けなくなるというのはよくある話だ。
「後宮に籠られていたら、顔を見ることもできないよ」
「いいや、会えるぞ。彼女は元々王の補佐を務めていた優秀な文官だったのだ。寵姫となった今も度々意見を聞くために後宮から呼び出しているという。しかしエルネ殿、会ってどうするつもりかね?」
「ん?いや、ただ直接顔を見てみれば何か分かるかなと思っただけ」
特別これといった策がある訳じゃないです。
「……良い考えかもしれない」
「ほえ?」
突然そんなことを言われて隣を見てみれば、真剣なお顔のアプリコットさんと視線がぶつかる。
「ライジャンの異常を一番最初に見抜いたのもエルネさんだった。その人物に会ってみればおかしなところが分かるかもしれないわ!」
え、ええ……。あれもある意味偶然と言いますか運命のイタズラ的なもので、ボクの独り言を聞きつけたあいつが勝手におかしくなっていっただけなのですが……。
それでも手をこまねていているよりはマシだと全員から訴えられてしまい、その勢いに負けたボクは表敬使節の一員としてディナル農耕国へと向かうことになるのだった。
〇当主たちの愚痴
アプリコットとエルガートには教育という面が多少あったが、エルネに対しては取り込もうとはそういうつもりは一切なく本気で愚痴っていただけ。
彼女の理解力が高く打てば響くようだったこともあって、本来話すはずではないことまで話してしまった感じ。実は同席していた中央の代表者は真っ青になっていました。
ローズの街が壊滅するかも?という予想を口にしたことで、エルネの危機感が煽られたことが勝因か。




